【内田雅也の追球】頭で打ち、頭で投げる ヤクルト・石川との対戦で学んだ阪神 近本好打、藤浪好投

[ 2020年11月5日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3-2ヤクルト ( 2020年11月4日    甲子園 )

<神・ヤ23>3回2死二塁、近本は先制の中前適時打を放つ(撮影・坂田 高浩)
Photo By スポニチ

 ヤクルトの石川雅規は現役投手で最多173勝をあげている左腕である。1メートル67と小柄で最高球速は130キロ中盤だが、多彩な球種と制球力で投球術にたける。当代随一の技巧派、そして頭脳派である。

 プレーとプレー、1球1球に間(ま)の多い野球には「考える」という要素が多い。今季はわずか2勝の石川だが、この夜は持ち味を出していた。6回まで3安打1点に抑えられた阪神は石川に学びたい。

 石川が絶頂期にあった2011年5月に出した著書『頭で投げる。』(ベースボール・マガジン社新書)に<永遠にかなうことのないもの>として<自分の球を打ってみたい>とあった。そして<僕なら「石川雅規」をこう打つ!>と攻略法まで記している。石川自身は左打者である。

 <左バッターにはシュートが多いので、シュートを狙って打ちたい>と夢想している。<石川のスライダーはいつでもバットに当たりそうな気がします。バットを内側から出して、シュートを詰まりながらでもセンター前に落としたい。うん、なんだか打てそうな気がします!>

 この狙いと打ち方をそのまま実践したようで驚いたのが阪神・近本光司だった。彼もまた思慮深い、いわゆる頭脳派の打者である。

 0―0の3回裏2死二塁。1ボールから外角スライダー(カッターかもしれない)をファウルした後、内角シュートを中前へ先制適時打した。バットをインサイドアウトに出し、フォロースルーで詰まりながら運んだ。石川が記した通りで、本のタイトル名を借りるなら「頭で打った」一打だった。

 もちろん、首脳陣は相手投手攻略の方策を練り、策を授ける。この夜の石川対策で言えば、打撃コーチ・井上一樹は「狙い球と言うより、コースを決めて対応していきたい」と話していた。つまり、内外角に分けて、引っ張りか、反対方向に打つかを絞るわけだ。一つの攻略法として、有効だと思う。

 ただし、相手は頭脳的投球で、著書に<配球に正解はない、というのが本当の正解です>と記しているように、配球も臨機応援に変えてくる。打者も考えたうえ、打席内での臨機応変の対応、つまりは応用も必要になってくる。難しいが、これも来季に向けた阪神打線の課題である。

 また、先発で投げ合った藤浪晋太郎は石川に学んだのではないか。160キロ台も投げる剛球右腕と130キロ台の技巧派左腕ではタイプが正反対である。その分、藤浪にとっては制球や配球など、石川の投球は生きた教材だったはずである。

 先発投手は相手打者ばかりでなく、相手先発投手とも戦うものだ。石川を観察しながら投げていたわけだ。

 先の石川の書には球威をつけるため<踏み出した足が地面に着いてから投げる>、制球には<腕は縦に振る>といった要点がある。

 藤浪はシュート回転もなく良質の直球が生きていた。3連続四球も際どい球が多く、制球は安定していた。石川に刺激を受けての6回無失点だったとみている。

 最後は本塁打王を争う大山悠輔に19試合ぶりとなる27号のサヨナラ弾が出て、甲子園は沸きに沸いた。終盤、救援陣が打たれたために、巡ってきた劇的なフィナーレで、それはそれで喜ばしい。

 ただ、消えてしまった近本決勝打と藤浪勝利投手は、ともに内容も濃かった。頭脳派の石川に学んだと言える好打、好投だった。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

2020年11月5日のニュース