【内田雅也の追球】「負け」からの夢の続き――奪われた球春のセンバツ球児へ

[ 2020年3月13日 07:30 ]

昨年に選抜高校野球の開会式
Photo By スポニチ

 少年野球の監督を務める東京のサラリーマンが卒業する6年生の3選手を選抜高校野球大会の開会式を見せようと甲子園球場に連れていく。高校野球に関する作品も多い作家・重松清の『三月行進曲』、短編集『小さき者へ』(新潮文庫)の最終話だ。

 外野席で入場行進に見入る。監督は<これだ>と震える。<初めて見る光景なのにむしょうに懐かしい>。甲子園への憧れがよみがえる。だが少年時代とは違う見方になっている自分に気づく。

 <いまはなぜだろう。甲子園に出られなかった連中のことを思う。行進する選手の何千倍もいる、負けた選手のことが気になってしかたない>。

 大人になるというのはいくつもの「負け」を経験することでもある。夢や希望は小さくなっていくが、進んでいかねばならない。行進曲は、少年たち同様、自身への応援歌として響いている。

 もう幾度か書いてきたことだが、選抜は開会式がいい。寒く長い冬を越え、球春到来の息吹を感じる。仕掛け花火や色鮮やかな代表校の垂れ幕、流行歌の行進曲、大会歌を歌う神戸山手女子の美しいコーラス……。そんな開会式がこの春は見られない。

 新型コロナウイルス感染拡大を受け、「苦渋」の選抜大会中止の発表から一夜明けた。今選抜に出場予定だった球児たちは球春を奪われた。その悔しさやかなしみを和らげることなどできない。

 ただ、11日の会見で日本高校野球連盟(高野連)会長・八田英二が辛そうに言った「厳しい決断を知るのも人格形成」はその通りだろう。先の監督も<思いどおりにならないこと――これからもたくさんあるぞ>と、開会式の晴れ舞台で甲子園にいない、全国幾万の球児に語りかけている。

 12日、近畿学生野球の特集用に大阪市立大野球部の取材に出かけた。大学本部からの通知で合宿も対外試合も練習も中止。公園や河川敷で自主練習を続ける。部員のほとんどは高校時代、甲子園出場の経験がない。つまり「負け」を味わい、少し大人になって、大学で夢の続きを見ている。

 彼らは今年のスローガンを「昂(たか)ぶる 超攻撃野球」とした。主将の北村颯都(4年=岸和田)は「見ている人を興奮させるように自分たちで盛り上げていきたい」と話した。「実は、去年の阪神を見ていて、いいなあと思った」

 監督・矢野燿大の「楽しむ」姿勢はここでも共感を呼んでいた。大阪市立大とは一昨年、昨年と阪神2軍が交流試合をする間柄でもある。矢野も多くの「負け」を重ねてきた。桜宮高時代も甲子園は遠く、夢をつないで今がある。

 冒頭の短編集のタイトルが中にある一遍『小さき者へ』なのは、有島武郎の名作『小さき者へ』(新潮文庫)を思わせる。

 有島は母を亡くした自身3人の息子たちに向け、ある夜にしたためた。<小さき者よ>と呼びかけ<人の世の旅に登れ><恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける>と励ました。<行け。勇んで。小さき者よ>。

 たとえ辛くとも、目の前に道はある。いずれ悔しさとかなしみの日々から立ちあがり、頭を掲げて歩めば、夢の続きも見られることだろう。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2020年3月13日のニュース