侍ジャパン 秋山離脱で求められた非常時への備え

[ 2019年11月19日 08:44 ]

侍復権 東京五輪へ収穫と課題<上>

親善試合で負傷した秋山
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 10年ぶりの国際大会タイトルとなったプレミア12制覇から、20年東京五輪金メダルへ向かう侍ジャパンの戦いを回顧し、残る8カ月間で追うべき課題を3回連載で探る。第1回は開幕前に訪れた最大のピンチで試された危機管理。10月31日、かつてない衝撃が侍ジャパンを襲った。

 届いた検査結果は最悪だった。強化試合・カナダ戦で秋山が右足に死球を受け負傷交代。右足薬指骨折の報に首脳陣は色を失った。

 「代表候補を絞る中で、監督が一番心中したかった選手がこうなった。監督も“マジで…、これも野球か…”という感じだった」

 腹心である金子ヘッド兼打撃コーチの言葉だ。1番・中堅でありチームの精神的支柱。他に中堅が本職の選手は代走要員の周東しかおらず、唯一代えの利かない存在だった。

 試合後、深夜のコーチ室に首脳陣がこもり、代替選手を探った。台湾行きは2日後に迫る。オフを迎えスイッチを切った選手では厳しい。NPB、球団、そして本人の意思も含めて。密室での作業は40分以上、首脳陣が球場を後にしたのは午後11時40分すぎ。追加招集・丸は決まった。

 丸は全8試合に中堅で先発出場。10月23日を最後に実戦がない“ぶっつけ本番”ながら、最大のピンチを救う救世主となった。

 東京五輪はシーズン中の7月29日が初戦。直前まで故障者などのアクシデントは考えられる。突然訪れる想定外の事態に、どう対応できるか。首脳陣が築いてきた各球団や現場とのパイプが今回は生きた。毎春キャンプは全12球団へのあいさつ回りを欠かさず。開幕後も毎月3試合前後、直接足を運び、情報交換を重ねてきた。

 危機管理は試合中も問われる。練習では坂本勇と源田の三塁など、多くの選手が積極的に本職以外にトライした。「起きないにこしたことはない」と稲葉監督が繰り返す非常時への対処。あらゆる難局を乗り越える二重、三重の備えが求められる。(侍ジャパン取材班)

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