桑田氏 清原容疑者と3年前に絶縁していた…更生促すも空振り

[ 2016年2月5日 05:30 ]

12年にCMで初共演し握手を交わす桑田氏(左)と清原容疑者

 覚せい剤所持容疑で逮捕された清原和博容疑者(48)に、桑田真澄氏(47=野球評論家)がメッセージを送った。4日、巨人の宮崎キャンプで取材に応じ、約3年前から縁が切れていたと吐露。PL学園(大阪)でともに甲子園を沸かせ、巨人でも同僚だった盟友の更生を願った。

 沈痛な表情を浮かべながら、桑田氏は清原容疑者への思いを口にした。「たくさんの幸せをいただいた」野球に例え、更生への願いを込めた。

 「自分の人生には代打もリリーフもない。現役時代、数々のホームランを打ってきた男ですから自分の人生でも、きれいな放物線を描く逆転満塁ホームランを打ってもらいたい。それが、今の一番の思いですね」

 甲子園を沸かせた「KKコンビ」は、85年のドラフトで運命が交錯。以来、30年が過ぎた。桑田氏は逮捕の一報を知人から電話で聞いた。現役時代よりも引退後の方が電話で連絡を取り合っていた2人が、3年ほど前に絶縁状態になっていた。

 桑田氏はかねて、悪い噂を聞くと「小姑(こじゅうと)のように“こういうことはよくない”とか“こうしなきゃいけない”と言い続けてきた」という。同じことが続くと、清原容疑者が言った。「もう一切関わらないでくれ」。桑田氏は「それでいいのか?」と繰り返したが、聞き入れられなかった。

 桑田氏は、野球には「プレーする」「支える」「見る」の3つの側面があると指摘。野球で成功を収めて「幸せをもらった」立場として、2人には「支える野球」を通じて恩返しすることが使命だとした。

 「その使命に向けて2人で力を合わせて貢献できたらいいなと思っていましたし、そうできる日を心待ちにしたい。“支える野球”のステージでも、4番でありエースになれるように、これからしっかり野球界を支えていこうという話もしていましたので」

 いつの日か「KK」再結成を――。桑田氏は起死回生のアーチを信じている。 (大林 幹雄)

 ≪KKコンビこれまでの歩み≫

 ★83年8月21日 PL学園で甲子園制覇。以降、KKコンビで通算5度出場(優勝2回、準優勝2回)。

 ★85年11月20日 ドラフト会議で巨人が早大進学を表明していた桑田を単独指名。交渉権は西武が獲得も巨人が本命だった清原は会見で悔し涙。

 ★87年7月28日 球宴第3戦(甲子園)で初対決。全パの清原(西武)が、全セ先発の桑田(巨人)から左越え2ラン。

 ★87年11月1日 西武が巨人を相手に優勝王手をかけた日本シリーズ第6戦(西武)の9回2死の場面で清原が一塁守備中に万感の涙。

 ★96年11月24日 清原がFA権を行使し、巨人入り。

 ★97年4月6日 桑田の右肘じん帯断裂から復帰登板だったヤクルト戦(東京ドーム)で、清原が移籍1号。桑田の683日ぶりの勝利に貢献。

 ★05年オフ 清原が巨人退団。オリックス移籍。

 ★06年オフ 桑田が巨人退団。大リーグ・パイレーツ移籍。

 ★08年7月29日 2軍調整中だった清原の打撃投手を同年3月に現役引退した桑田が務める。

 ★08年10月1日 清原の引退試合となったソフトバンク戦(京セラドーム)を桑田が観戦。

 ★12年3月24日 清原と桑田が初共演したスカパー!のテレビCMのオンエア開始。

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