【らんまん 万太郎&田邊教授“師弟”の軌跡】徳永助教授がいれば…出会いから3年半 天国から地獄の出禁

[ 2023年7月28日 08:15 ]

連続テレビ小説「らんまん」第85話。田邊教授(要潤・左端)から出入り禁止を言い渡された万太郎(神木隆之介・左から3人目)は…(C)NHK
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 俳優の神木隆之介(30)が主演を務めるNHK連続テレビ小説「らんまん」(月~土曜前8・00、土曜は1週間振り返り)は28日、第85話が放送され、主人公・槙野万太郎は恩師・田邊彰久教授(要潤)から東京大学植物学教室への出入り禁止を言い渡された。愛憎渦巻く“師弟”の軌跡を振り返る。

 <※以下、ネタバレ有>

 朝ドラ通算108作目。「日本植物学の父」と称される牧野富太郎をモデルに、江戸末期から昭和の激動の時代を生き抜き、明るく草花と向き合い続けた主人公・槙野万太郎の人生を描く。脚本はNHK「流行感冒」「群青領域」「旅屋おかえり」なども手掛けた注目の劇作家・長田育恵氏。神木の朝ドラ出演は2007年度前期「どんど晴れ」以来16年ぶり2作目。初主演となる。男性主人公は20年度前期「エール」(窪田正孝)以来3年ぶり。

 <第33話(5月17日)>明治15年(1882年)夏頃。万太郎は東京大学植物学教室への出入り許可を懇願。万太郎が小学校中退だと知った助教授・徳永(田中哲司)と講師・大窪(今野浩喜)は猛反対したものの、万太郎は英語でやり返した。植物学に尽くしたいという万太郎の熱意に、田邊は「徳永くん、君は本当に旧幕時代の化石だね。さっさと留学しておいで」「権威をかざして門を閉ざすより、もっと重要なことがある。一刻も早く充実した研究の場をつくりだすこと」などと語り、万太郎と熱い握手と抱擁を交わした。

 <第52話(6月13日)>田邊は万太郎が植物学雑誌を作ることを許可したものの、徳永には「水準に達していれば認める。が、そうでなければ、学会の名をかたって出されては困るから、1冊残らず燃やさせる。むろん、金も出さない」。

 <第54話(6月15日)>万太郎は石版印刷を学び、植物学雑誌を完成。田邊は「私が雑誌を思いついたからこそ、こうして形になったわけだ」「学会誌にしようと言ったのは私だろ」「よかったじゃないか、槙野くん。私が雑誌作りを許したおかげで、こうして見事作ることができたじゃないか」。

 <第68話(7月5日)>田邊は万太郎と寿恵子(浜辺美波)を自宅に招き、結婚を祝福。万太郎と2人きりになると「私のものになりなさい」(専属のプラントハンターとして雇う)と提案したものの、断られた。田邊は「後悔するぞ。何の身分もない、何の保証もない、小学校も出とらん虫けらが何を言っても無駄だ!おまえは私にすがるしかない!」。万太郎は「わしが、やりますき!」。

 <第71話(7月10日)>田邊は動物学教授・美作秀吉(山本浩司)から「聞けば、あなたの今の奥方は、つい5月までうち(美作が校長の御茶ノ水高等女学校)の生徒だったとか。どうです、我が女生徒を妻にした感想は」などと嫌み。大窪に「(トガクシソウが咲かなかったのは)だいたい、君の落ち度だろ!夏の採集旅行、日程も採集地も現地の案内人も、君の手配だっただろ。君は、自分の責任を自覚したまえ!口先だけのゲスな連中ばかりだ!」とイラ立ちをぶつけた。

 <第75話(7月14日)>万太郎と大窪は土佐の植物を研究。新種発見となり「ヤマトグサ」と命名した。ケンブリッジ大学に留学中の伊藤孝光(落合モトキ)がトガクシソウを新属「RANZANIA T.Ito」として発表。田邊の名を冠した学名発表は叶わなかった。

 <第78話(7月19日)>ヤマザクラの植物画が載った万太郎の「日本植物志図譜 第二集」が完成。田邊は「(石版印刷機を購入し、家の壁を壊すほど)私に頼るのが嫌だったか」「(伊藤孝光に先を越された)トガクシソウはさぞ愉快だったろう」「裏切るも何も、そもそもおまえは私のものにはならないんだろ。言っておくが、トガクシソウなど、どうでもよい。私は、そんなことでは傷つかない。残念だな、槙野万太郎。この先は望み通り、おまえをいち学者として認めてやろう」。

 <第83話(7月26日)>画工の野宮(亀田佳明)は田邊に「この教室には今、私と槙野さん、2人の植物画家が必要なんです」「植物画家としてもう一度、槙野さんに声を掛けてやっていただけませんか。あの人は裏表のない、無邪気で、無知な人なんです。私も教師をしていたので、分かります。そういう子ほど、かわいい。どうか教授の恩情で、あと一度だけ、槙野さんに声を掛けてやっていただけませんか。今度は植物画家として」。万太郎は寿恵子(浜辺美波)から生活費が心配だと告げられ、田邊の誘い「プラントハンター」が頭をよぎる。

 <第84話(7月27日)>田邊は万太郎が発見した植物がダーウィンも魅了した食虫植物だと教え「論文を書け。見つけた者が報告する、当然だろう。論文には、植物画を付けろ。この植物画はまだ見たことがない。日本の発見報告と植物画、これらが揃えば、世界中の植物学者が必ず注目するはずだ。やれるな」。徳永助教授は「教授がおまえに、世界への花道を架けてくださった。この感謝を、忘れるなよ」とドイツへ留学。

 <第85話(7月28日)>明治19年(1886年)1月頃。万太郎はムジナモの植物画と論文を完成。しかし、植物学雑誌に田邊の名前がなかった。田邊は「君は自分の手柄だけを誇っているんだな」「何を期待していたんだか。もういい!今後、我が東京大学植物学教室への、出入りを禁ずる」。

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