さらば…若嶋津 みんなに愛された“南海の黒豹”葬儀に300人参列 元琴風が涙ながらに弔辞

[ 2026年3月25日 05:30 ]

一山本(左から2人目)、島津海(同4人目)らによって出棺される元大関・若嶋津の日高六男さんの棺(撮影・郡司 修)
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 15日に肺炎のために死去した大相撲の元大関・若嶋津の日高六男さん(享年69)の葬儀が24日、千葉県内の斎場で営まれ、日本相撲協会の八角理事長(元横綱・北勝海)ら約300人が参列した。ライバルかつ親友だった元大関・琴風の中山浩一氏が弔辞を述べ、喪主で元歌手のみづえ夫人は涙ながらにあいさつ。「南海の黒豹(ひょう)」の愛称で人気を誇った昭和の名大関との最後の別れを惜しんだ。

 優しくて、格好良くて、そして強くて――。多くの人に愛された日高さんの人柄を象徴するような光景だった。式が始まると斎場の出入り口には一般ファンが1人、2人と集まり始め、1時間後には人垣は沿道にまで広がった。その数、約100人。親族や弟子の一山本らに担がれた棺を乗せた車が動き出すと「若嶋津」のかけ声と多くの拍手が湧き起こった。

 約300人が参列した葬儀では、同門でライバルとして競い合った元大関・琴風の中山浩一さんが弔辞を読み上げた。現役時代はあまり会話を交わすことはなかったというが、引退後は家族ぐるみの付き合いで絆を深めた。大ケガを負った時に支え合った盟友で、「私の大切な親友でした。この温かく、太い絆は切れることなく、ずっと続いていきます」と声を詰まらせた。2月に見舞った際には再会を約束したが、かなわず。「ショックで2、3日眠れなかった。残念で悔しいのひと言。もっと一緒にいたかった」と寂しそうに話した。

 喪主を務めたみづえ夫人は亡くなる前日に大相撲中継を見ていた日高さんが「相撲に行かなくていいの?」と言ったことを明かした。亡くなった後は気丈に振る舞っていたものの、最後のあいさつでは悲しみが込み上げてきた。

 「お父さんの大きな愛情で私たち3人は過ごしてまいりましたが、お父さんがいなくなり、でも、このようにたくさんの皆さまとのご縁は親方がつくってくれたご縁です」

 結婚して40年余り。人気絶頂の歌手から相撲部屋のおかみに転身し人生は大きく変わったが、多くの幸せをくれた最愛の人に感謝の思いは尽きない。「私が愛した若嶋津は偉大すぎる方でした。ありがとう」。

 ▼八角理事長 やっぱり寂しいですね。優しい人だったよ。記者クラブ担当で一緒だった時もあったし、世話になりました。無口でそんなにしゃべるわけじゃないけどね。“はっちゃん、はっちゃん”って言ってくれて。

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