【大相撲】霧島「さらなる高みを目指して一生懸命努力します」2度目の大関昇進伝達式 

[ 2026年3月25日 09:58 ]

<霧島・大関伝達式>大関に推挙された霧島(左から2人目)は使者に朗報を受け頭を下げる(撮影・井垣 忠夫)
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 日本相撲協会は25日、エディオンアリーナ大阪で夏場所(5月10日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇・霧島(29=音羽山部屋)の大関昇進を満場一致で決めた。

 12場所ぶりの大関復帰。現行のカド番制度となった1969年名古屋場所以降、平幕以下に転落からの大関返り咲きは魁傑、照ノ富士に次いで3人目となった。

 霧島は23年夏場所後以来となる2度目の大関昇進伝達式に臨んだ。使者から昇進を伝え聞くと「謹んでお受けいたします。さらなる高みを目指して一生懸命努力します」と口上を述べた。前回は「大関の名を汚さぬよう、今まで以上に稽古して頑張ります」と決意を込めていた。

 春場所で23年九州場所以来14場所ぶり3度目の優勝を果たし、初の殊勲賞を獲得。千秋楽翌日の23日には口上について「まだ時間あるし、親方と相談して決めていく。ゆっくり話せる時間があるので」と話していた。大関の誕生は昨年九州場所後の安青錦(22=安治川部屋)以来。夏場所は2横綱3大関となる。

 ▽大関の復帰 1958年の年6場所制導入に伴い大関は3場所連続負け越しで番付降下する規定が定められたが、69年名古屋場所から2場所連続負け越しに変更。ただし、翌場所は関脇にとどめられ、10勝以上すれば復帰となる特例措置が採用された。以降「特例」で復帰を果たしたのは三重ノ海、貴ノ浪、武双山、栃東(2回)、栃ノ心、貴景勝。それ以外で復帰したのは、77年春場所の魁傑(所要7場所)と、序二段まで落ちた21年夏場所の照ノ富士(所要20場所)の2人のみだった。

 ▽大関の待遇 日本相撲協会の看板力士として、各種行事に横綱とともに参加する。月給は横綱の300万円に次ぐ250万円。関脇、小結より70万円高い。東京開催場所では両国国技館の地下駐車場を使って出入りが可能。2場所連続負け越しで陥落するが、関脇に落ちた場所で10勝以上すれば翌場所に復帰できる。横綱昇進には2場所連続優勝か、それに準じる成績が必要とされている。

 【主な大関の口上】
 ▽貴ノ花 「不撓(ふとう)不屈の精神で相撲道に精進します」(93年1月27日)
 ▽若ノ花 「一意専心の気持ちを忘れず」(93年7月21日)
 ▽貴ノ浪 「相撲道に勇往邁進(まいしん)する所存」(94年1月26日)
 ▽朝青龍 「大関の名に恥じぬよう、一生懸命頑張ります」(02年7月24日)
 ▽白鵬 「全身全霊をかけて努力」(06年3月29日)
 ▽琴奨菊 「万理一空の境地を求めて」(11年9月28日)
 ▽稀勢の里 「大関の名を汚さぬよう、精進します」(11年11月30日)
 ▽豪栄道 「大和魂を貫いて」(14年7月30日)
 ▽貴景勝 「武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進」(19年3月27日)
 ▽正代 「至誠一貫の精神で相撲道に邁進」(20年9月30日)
 ▽御嶽海 「感謝の気持ちを大切にし、自分の持ち味を生かし、相撲道に邁進してまいります」(22年1月26日)
 ▽霧島 「大関の名を汚さぬよう、今まで以上に稽古して頑張ります」(23年5月31日)
 ▽豊昇龍 「大関の名を汚さぬよう、気魄一閃(きはくいっせん)の精神で努力致します」(23年7月26日)
 ▽琴桜 「大関の名に恥じぬよう、感謝の気持ちを持って相撲道に精進してまいります」(24年1月31日)
 ▽大の里 「大関の地位を汚さぬよう、唯一無二の力士を目指して、相撲道に精進します」(24年9月25日)
 ▽安青錦 「大関の名に恥じぬよう、また、さらに上を目指して精進いたします」(25年11月26日)

 ◇霧島 鉄力(きりしま・てつお、本名ビャンブチュルン・ハグワスレン)1996年4月24日生まれ、モンゴル・ドルノド県出身の29歳。アブラカ高卒業後、陸奥部屋に入門し、15年夏場所初土俵。19年春場所で新十両、20年初場所で新入幕。23年春場所で初優勝を果たし、同年夏場所後に大関昇進。24年4月に音羽山部屋へ転籍。首のケガなどで24年名古屋場所で大関陥落も、26年春場所後に大関復帰を果たす。得意は左四つ、寄り、投げ。1メートル86、149キロ。

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