【モーグル】堀島行真 地道な努力と賭けの選択が銅導いた 7年間支えた理学療法士・瀬戸口淳氏の存在

[ 2026年2月13日 05:30 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪 第7日 フリースタイルスキー 男子モーグル決勝 ( 2026年2月12日    リビーニョ・エアリアル・モーグルパーク )

エアーを決める堀島行真(撮影・小海途 良幹)
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 フリースタイルスキー男子モーグルで、日本モーグル界2人目となる2大会連続のメダルを獲得した堀島行真(28=トヨタ自動車)。その快挙は、19年から支え続けてきた理学療法士の瀬戸口淳氏(47=運動器ケアしまだ病院)の存在なくしては成し得なかった。

 「彼がどのくらい信頼してくれているかは分からないが、僕の中での信頼は一番」。19年4月から7年間、堀島と二人三脚で歩んできた瀬戸口氏。当初抱えていた腰痛と、昨年3月の左膝内側側副じん帯の損傷。2つの危機から救い、2大会連続銅メダルへと導いた。

 初出場した18年平昌五輪の翌年、競技継続が難しいほどの腰痛を抱えていた堀島を診たのを機に合宿に同行。W杯開幕と同時に正式にチームスタッフに加わった。銅メダルを獲得した22年北京五輪後に「巨大なヘルニア」が見つかると、生活面から改善に着手した。

 「彼の場合、スピードがあり、技も高回転。(エアで)上半身を先に回し、遅れて下半身を回すので、臓器が絞られる。すると椎間板にダメージが出る」

 いすに腰掛ける時は背もたれに寄りかからず、骨盤を立てて座る。長時間の飛行機移動では、へその裏にペットボトルを置き、腰が丸まらないようにする。普段の生活から細心の注意を払い、加速度センサーを取り付けて姿勢を計測。地道な取り組みは功を奏し、2年後には「ヘルニアが完全消滅した」。コーク1440を打つための障壁がなくなった。

 左膝を故障した後には、オスロの病院4軒を回り、いずれも手術を勧められた。だが「どう触っても切れていない」。帰国して5度目の検査を受けると、結果は部分断裂で手術を回避。リハビリ中はウエートトレーニングを行わず、トランポリンやインラインスケートなどの動きの中で徐々に筋力を取り戻す方法を選択。「かなりのトライだった。ダメだったでは済まされない」という選択だったが、堀島が持つ膝の繊細な感覚を維持したまま、雪上復帰へ導いた。

 今シーズン、オスロへ行った回数は実に7回。献身的なサポートを続けた瀬戸口氏と堀島の共闘は、デュアルモーグルへと続く。

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