ジャンボ尾崎さん死去 「ジャンボ」由来は?ジェット、ジョーの「尾崎3兄弟」で“異例”の偉業

[ 2025年12月24日 10:45 ]

1970年5月14日付スポーツニッポン新聞の紙面
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 男子ゴルフの国内ツアーで最多の通算94勝を挙げているレジェンド、尾崎将司(おざき・まさし)さんがS状結腸がんのため23日に死去した。78歳。「ジャンボ尾崎」の愛称で親しまれた。

 1947年徳島県出身。1964年春、徳島海南高校のエースとして選抜高校野球大会で優勝。翌年、プロ野球の西鉄ライオンズに入団したが、実働3年で退団してプロゴルファーに転身した。

 プロデビュー2年目の71年日本プロで初優勝を飾り、わずか3カ月で5勝を挙げた。

 賞金ランク制が始まった73年に初代賞金王となり80年代に低迷した時期もあったが、復活すると圧倒的な飛距離、高い技術を武器に94年からの5年連続を含む計12度賞金王に輝いた。

 「ジャンボ」の名付け親はスポニチだった。1970年5月に習志野で行われた関東プロ5月A地区月例競技会で優勝した際、本紙のゴルフ担当・樋口恭記者が「ジャンボ・プロ誕生」と書いたのが最初だった。5月14日付9面のトップ記事で紹介。当時は米国からジャンボジェット機(ボーイング747)が入ってきたころ。1メートル81、80キロの大柄な体から放たれるドライバーショットは、まさにジャンボが離陸するときのようなパワフルな弾道だった。

 ちなみに、同じくプロゴルファーの次弟・健夫はジェット、三弟・直道はジョーと頭文字が「J」で始まる愛称で親しまれた。99年の第67回日本プロゴルフ選手権大会では直道が優勝、2位に将司さん、3位に健夫と、尾崎3兄弟がトップ3を独占するという珍しい偉業を成し遂げた。

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