貴乃花が曙を追悼「百折不撓の人生観だったと思いますが…」「数々の闘いの思い出があります」

[ 2024年4月11日 19:07 ]

ファンの前を歩く貴乃花(左)と曙(1995年撮影)
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 元横綱・貴乃花の花田光司さん(51)が11日、心不全で死去した元横綱の曙太郎(本名=チャド・ジョージ・ハヘオ・ローウェン)さんを追悼した。

 1988年(昭63)春場所初土俵の同期生で切磋琢磨(せっさたくま)し、ともに最高位に上り詰めた貴乃花氏は事務所を通じてコメントを発表。「数々の闘いの思い出がありますが、相撲教習所に半年間通った頃の稽古の思い出が出てきます」と、ともに心技体を磨いた若かりし頃を回想し「私たちはたけだけしく取組に励みました。ハワイから来日し今日に至るまで、日本の文化を感じて幾多の苦労があったかと思います」と曙さんらと過ごした時代に思いをはせた。

 そして相撲の一時代をともに築いた好敵手に対する思いを四字熟語に込め「百折不撓の人生観だったと思いますが、これからは身を楽にして安らかに」としのんだ。

 曙さんは1969年5月8日生まれ、アメリカ・ハワイオワフ島出身。花田虎上、貴乃花ら「花の六三組」として1988年3月場所で初土俵を踏み、90年9月場所で新入幕。93年1月場所で13勝2敗で優勝し横綱に推挙され、3月場所で外国人力士初となる第64代横綱として土俵を踏んだ。幕内優勝11回。横綱在位中の1996年4月に日本国籍を取得。2001年1月場所で引退し、03年にK-1出場を表明。プロレスラーとしても活躍した。

 ◇曙太郎(あけぼの・たろう=旧名ローウェン・チャド・ジョージ・ハヘオ)。1969年5月8日、米国ハワイ州オアフ島生まれ。ハワイ出身の東関親方(元関脇・高見山)に見出されて東関部屋に入門。初土俵は元横綱・3代目若乃花、元横綱・貴乃花の「若貴兄弟」や元大関・魁皇と同じ88年春場所。90年春場所に十両に昇進し史上6人目の外国人関取に。同年秋場所で新入幕。92年夏場所で13勝を挙げ初優勝し、大関に昇進。92年九州、翌93年初場所と連続優勝して史上初の外国出身横綱となる。96年4月に日本国籍を取得。晩年は膝のケガに悩まされ01年1月に引退。優勝11回、殊勲賞4回、敢闘賞2回、幕内通算成績は566勝198敗181休。03年11月に相撲協会を退職し、K―1に電撃移籍。同年大みそかのボブ・サップ戦で格闘技デビュー。05年にプロレス転向。16年4月に馬場元子さんの支援を受け「王道」を旗揚げした。
 

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