正代 しこ名変えず“本名で大関”に「珍しい名字。この名前で頑張る」30日昇進伝達式

[ 2020年9月29日 05:30 ]

正代
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 大相撲秋場所で初優勝を飾って大関昇進を確実にした関脇・正代(28=時津風部屋)が千秋楽から一夜明けた28日、東京都墨田区の時津風部屋からオンラインで記者会見し、今後も本名であるしこ名を変えないことを明言した。本名での大関は5人目となる。初優勝の実感が湧かない中でも大関になる意気込みを語った。

 メールなどで大勢から祝福を受けても、正代はなかなか現実を実感できていなかった。「優勝したのは分かっているけど、自分が追いついていない感じ。ここからじわじわ来るんじゃないですか」と夢見心地の胸の内を明かした。

 過去には大関昇進を機にしこ名を変える力士もいたが、正代は「変えるつもりはない」と言い切った。「珍しい名字だと思うし、このしこ名で定着しているのなら、この名前で頑張っていきたい」。11月場所番付編成会議と臨時理事会が行われるあす30日、正式に本名大関が誕生する。

 熊本県出身では初優勝を果たし、同県出身大関は62年夏場所後の栃光以来58年ぶり。故郷の宇土市をはじめ地元は大いに盛り上がっており「うれしい。たくさんの方々に応援していただいて、少しでも恩返しできたんじゃないか。どこかのタイミングで一度帰れれば」と凱旋帰郷の構想を明かした。

 30日の昇進伝達式には熊本から両親も出席することが決まった。口上は「いろいろ考えているけれど、決めかねている。今後の自分と照らし合わせて決められれば」と現時点で模索中だ。過去の口上で印象に残っているのは、稀勢の里(現荒磯親方)が横綱昇進の際に、「横綱の名に恥じぬよう精進します」と述べた口上。「凄いシンプルだけど、凄い大事なことだなと思った」という。

 正代は改めて大関の印象について聞かれると、「今まで以上に責任を伴う地位なので、自分を見直して精進していけたら」と気を引き締めていた。 

 ▽名字の由来 現在の埼玉県東松山市正代がルーツとされ「小代」と表記されることもある。1247年の宝治合戦で活躍した武蔵国(埼玉県など)の御家人・小代重俊が熊本県北部の野原荘(現荒尾市)で地頭職に就き、移住。現在も周辺では焼き物の小代焼など名前が残り、正代姓は熊本県北部や隣県の福岡、大分に分布する。インターネットサイト「名字由来net」によると全国に約380人、ランキングは1万5001位。

 ▽しこ名が本名の大関 本名での入幕は、1947年(昭22)夏場所の岩平(のちの小結・若葉山)から昨年初場所の矢後(現在は幕下)まで46人いるが、そのまま大関になったのは、輪島、北尾、出島、高安の4人。輪島は大関を4場所で通過して横綱に昇進。同じく大関在位4場所の北尾は横綱昇進時に双羽黒に改名した。出島は大関在位12場所で、高安は同15場所で陥落した。保志は大関昇進とともに北勝海に改名し、横綱まで上り詰めた。

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