正代、教員の道を諦め角界へ 教育実習で苦戦「自分には向いていない」

[ 2020年9月29日 05:30 ]

「正代 火の国大関」(中)

学生横綱になった東農大の正代
Photo By 共同

 関脇・正代(28=時津風部屋)が秋場所で初優勝を飾り、大関昇進が確実となった。優勝制度ができた1909年(明42)夏場所以降、熊本県出身力士の優勝は初めて。スポニチ本紙では「火の国大関」と題し、そのキャラクターや覚醒した理由を紹介。

 故郷をこよなく愛する正代だが、国体少年の部個人優勝などを飾った熊本農を卒業すると東農大に進んだ。東京での生活に慣れると、それまで食べられなかった生魚も食べられるようになった。相撲の方でも早々に頭角を現し、2年だった11年には全国学生選手権を制して学生横綱のタイトルを獲得した。

 日大の山口(大喜鵬)、石浦、安彦(剣翔)、東洋大の大道(御嶽海)らそうそうたるメンバーが出場する中、実力者を差し置いて勝ち上がり、決勝では日体大1年の中村(北勝富士)を破った。当時から「極度の緊張しい」ではあったが「自分はノーマークだったから。2年生だったので楽に取れた」というのが勝因だった。

 現在、東農大の監督を務める安井和男氏は当時の正代について「しっかり気持ちを持って練習していた。芯がしっかりしていた。まだまだ伸びしろがあった。学生横綱を獲った後、勝てないときもあったけど、よくやっていて勝てるようになった」と語る。たゆまぬ努力で実力をつけていった。

 土俵の外でも努力を続けた。在籍する国際食料情報学部国際農業開発学科では農業科の教員免許取得を目指した。だが、2週間の教育実習は悪戦苦闘で、食事も喉を通らないほどだったという。そこで実感したのは「教師は自分には向いていない」ということ。教員の道を諦めたことで、それまで考えていなかったプロ入りが一番の選択肢に変わった。

 勉学との両立を目指したことで十分な稽古を積めなかったこともあり、大学4年では大きな大会で結果を残せなかった。結果として、学生横綱に就きながら、プロでは地位を優遇されず、前相撲からのデビューとなった。(特別取材班)

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