元神鋼カーターは天才ではなく秀才だった 本紙でカタカナに初挑戦

[ 2020年6月8日 11:35 ]

2019年元日の大阪版で、カーターは日本代表候補を語るとともに、初の日本語にも挑戦した
Photo By スポニチ

 天才ではなく秀才、それもずば抜けた秀才だと感じている。今春、2シーズンの契約を満了してラグビー・トップリーグの神戸製鋼を去った世界的名手のSOダン・カーター(38=ニュージーランド)のことだ。

 家族を母国に残しての来日だったため、退団は既定路線。4日には、ニュージーランド国内版の「スーパーラグビー・アオテアロア」で、ブルースに入ることが明らかになった。

 「天才」が指すマジシャン的なトリッキーなプレーは、練習でも見たことがない。その代わり、ミスとは無縁の確実さがあった。自ら仕掛けた後に必ずトライが生まれると言ってもいいくらい、判断に間違いが少なかった。パスもランもキックもお手本のような高度な技術を持ち、それらの効果的な使い方を熟知している点で、「秀才」だと感じていた。

 19年元日紙面用のインタビューが忘れられない。W杯日本代表候補の姫野、田村、松島、流、梶村の特徴を語ってもらう企画だった。こちらが何かを説明するまでもなく、全員の顔と名前、警戒ポイントが頭に入っていた。最終的に代表から落選する梶村についても「シーズン前の練習試合で、“あの12番は誰なんだ”と衝撃を受けたんだ。フットワークと強さが素晴らしい」と細かく覚えていた。

 神鋼を15季ぶり日本一に導いた後の取材だった。対戦したことがあるサントリーとトヨタ自動車の選手のことは知っていて当然、かもしれない。しかし、これまで取材した大物助っ人の大半が、日本選手について無知に等しかったことを考えると、スラスラ語るカーターは別格に映った。

 手合わせしたことがなかったキヤノンの田村についても、日本にいる母国の仲間から情報を集めてよく知っていた。神鋼では、ミーティングでチームに作戦を落とし込む役も担っていた。ひらめきや発想に頼るのではなく、準備や理詰めで攻める。まさに「秀才」だった。

 世界最優秀選手賞を3度受賞し、テストマッチで世界最多の通算1598得点を挙げ、ニュージーランド代表112キャップの中にはW杯4度出場と2度の優勝(11年は故障で決勝不出場)が含まれる。「トリプル役満」のような経歴を持つトップリーグ史上No.1助っ人の取材は、18年の来日当初、身構えたものだ。

 横柄で気分屋というスターにありがちな振る舞いを想定した。しかし、全て裏切られた。最後の1人までグラウンドに残ってキック練習。その後に、「きょうは何を話そうか」と茶目っ気たっぷりにコミュニケーションを取れる好漢だった。

 そういえば、あの単独取材の後、色紙にカタカナで名前を書いてもらった。「日本語は初めてだよ」と言いながら、ぎこちない手つきでこちらが用意した字を書き写してくれた。「ン」が「ソ」になって、「ダソ・カーター」になったのは、ご愛敬。無茶ぶりにも応じてくれるサービス精神満点の人だった。

 チームにもよく溶け込み、基本とは何か、チームマンとはどうあるべきか、を身をもって示し、低迷した名門を変えた。決して飾らない本物のスーパースターだった。(倉世古 洋平)

続きを表示

「羽生結弦」特集記事

「NBA」特集記事

2020年6月8日のニュース