追悼連載~「コービー激動の41年」その94 ブライアントの先輩が経験した屈辱
1959年。黒人の大物ルーキー、ミネアポリス・レイカーズのエルジン・ベイラーが遠征先のウエストバージニア州チャールストンのレストランに入店しようとすると、レストラン側が一切のサービスを拒絶した。黒人に対する屈辱的な差別行為にベイラーは激怒。その夜に行われたシンシナティ・ロイヤルズ(現キングス)戦では、ついにユニフォームを着なかった。
試合は91―95でロイヤルズに敗戦。興行元(アメリカン・ビジネスクラブという団体)は怒った。「ベイラーで客を呼んだのに話が違うじゃないか」。ロードであっても中立地開催を24試合に増やしたレイカーズにとっては準本拠地である。そこに目玉選手がいないのだから文句を言いたくなるのも理解できる。当然、NBAのモーリス・ポドロフ・コミショナー(当時)に処分と制裁を求めた。
だがコミッショナーはレイカーズ側に立った。処分は何もなかったのである。「世の中には正義を信じる男がいたということだ」というボブ・ショート・オーナーのベイラーに対する一言がカウンターパンチになったかもしれない。米国で人種差別撤廃をうたった公民権法が成立したのは1964年。それまでの人種問題では常に「白人は黒人を差別している」というステレオタイプ的な見方があるが、NBAの歴史をひもといていくと、必ずしもそうではない部分も見えてくる。
さてこのシーズンを最後に名将ジョン・クンドラ監督が辞任している。ファイナル5回の優勝を飾った指揮官はその後、ミネソタ大の監督に就任することになっていた。では1959年シーズンの新監督に誰が就任したのか…。これが大きな問題だった。やってきたのはベイラーの母校、シアトル大で指揮を執っていた32歳のジョン・キャステラーニ。確かにベイラーの面倒を見ることにかけては天下一品だったが、ベイラーが苦境に直面すると「お前はだめだ」と言えないだけにチームとしては逆効果だった。しかもプロのコーチ歴は皆無。ショート・オーナーは人権問題への対応はうまかったが、指揮官の選択にはいまひとつセンスがなかった。
さらにキャンプ地はテキサス州サンアントニオになってしまった。実はベイラーがここの陸軍基地で兵役に伴う軍事訓練を受けていたために、オーナーの鶴の一声で全員が集められた。明らかに気を使いすぎていた。
2年目を迎えたベイラーはこのシーズン、圧巻の活躍を見せていた。開幕戦(対ピストンズ)では1点差で敗れたが52得点。その後、セルティクス戦では当時のリーグ最多記録となる64得点を稼いでこのカードの連敗を22で食い止めている。ただしキャステラーニ監督の下でチームは11勝25敗。結局、1960年1月2日に成績不振の責任を取って辞任。あとを引き継いだのはチームの初代ビッグ3の1人で、1954年シーズンで引退したあと、コービー・ブライアントの進学先の候補でもあったラサール大(フィラデルフィア)を率いていたジム・ポラードだった。
せっかく前年にファイナルに進出したのに、このシーズンは25勝50敗で西地区3位。プレーオフでは地区決勝でホークスに3勝4敗で敗れて姿を消した。もちろん不振の原因は監督の人選だけではない。ジョージ・マイカン、ポラードとともにレイカーズ草創期の黄金時代を支えたパワー・フォワードの元祖、バーン・ミケルセンが開幕前に引退を表明したことも影響を与えた。
さてポラードが指揮を執るようになった1960年1月。ショート・オーナーは第二次世界大戦中に貨物機として使用されたDC―3(ダグラス社製=初飛行は1935年12月)を購入している。それまで遠征の際には鉄道を利用していたが時間がかかるうえに座席も狭く、切符を確保するのも選手の役目だった。NBAの選手の待遇としてはリーグでも劣悪の部類。すでにピストンズなど専用機を保有しているチームもあったため、レイカーズも少ない予算をうまくやりくりして念願の「空路」を確保したのである。購入後は座席を設置するなど機内をリフォーム。空の旅を楽しみながら監督や選手は遠征先に向かうことができるようになった。
しかしとんでもない出来事と直面する。それは「なぜブライアントがレイカーズでプレーできたのか?」という問いへの答えにもなるショッキングな出来事だった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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