追悼連載~「コービー激動の41年」その90 多くの偶然が重なって結ばれたブライアント夫妻
1999年11月。100万年に1回の出会いがあるとも知らず?当時17歳だったコービー・ブライアントのバネッサ夫人は、ロサンゼルス市内のスタジオにいた。「THE・EASTSAIDAZ(イーストサイダース)」というラップグループのミュージック・ビデオに出演するためだった。このグループは人気ラッパーで俳優でもあるスヌープ・ドッグが参加していたユニットで撮影しようとしていたのは「G’d Up(ギャングのように見せようとするヤツ、という意味)」という曲のビデオ。マリーナ高校でチアリーダーをしていたバネッサ夫人にとってはいつもと違う日常を味わえる場所だった。
この曲のビデオを見てみた。たぶん車の中で妖艶な肢体を披露しているのがバネッサ夫人のような気がするのだが、現在とは雰囲気がまるで違うので断定する自信はない。実はこのスタジオに、たまたま自身のラップ・アルバム収録のために駆けつけていたのがブライアント。別の映像にはブライアントが「G’d Up」に出演していた3人の女性にあいさつして握手をしている場面があるが、おそらくその3人目がのちに伴侶となるバネッサ夫人だと思う。
このとき彼女は「振付を覚えるのに集中していたので…」と、握手を交わしたブライアントのことはあまり覚えていなかったのだと言う。しかしブライアントの方は翌日に電話をかけていたというのだから、最初のコンタクトで体中に“電気刺激”が走っていたようだ。すぐにディズニーランドでデート。そこからは“超速攻”だった。半年で婚約し、2001年4月にほぼ2人だけで挙式。婚約したときはまだ高校生だったので、バネッサ夫人はプライバシーを守るために以後、自宅学習で単位を取って卒業にこぎつけている。
もしブライアントが高校生のころにソニー・エンターテイメント社からラップを評価されず、もしその高校生の能力を高く評価していたジェリー・ウエストがレイカーズのフロントにおらず、もしドラフトで指名されたホーネッツ(本拠はノースカロライナ州シャーロット)にずっと在籍していれば交わることのなかった2人の人生。しかもロサンゼルスにいたとは言え、ある1日に同じスタジオにいなければ出会うことのなかった若き男女。バネッサ夫人の義理のいとこが「100万年が経ってもこんな出会いはない」と言ったのは、こんな偶然が奇跡的に積み重なったからだった。
さて結婚後の2人はすべて順調だったわけではない。2003年1月19日にバネッサ夫人は長女ナタリアさんを出産するが、ヘリコプターの墜落事故で亡くなった次女ジアナさん(2006年5月1日生まれ)を産む1年前に子宮外妊娠による流産を経験している。2003年7月にはブライアントの女性への暴行事件が発覚。長く続く裁判とも向き合わなければならなかった。2011年12月16日には「和解しがたい不和」というハリウッドのスターたちがよく使うフレーズで離婚を申請。2013年1月11日にソーシャルメディアで「離婚中止」を公表するまで、夫婦の仲は冷え切っていた。
そんな苦難を乗り越えて立ち直っていったブライアントとバネッサ夫人。現役引退から8カ月後となった2016年12月5日には三女のビアンカちゃん、2019年6月21日には四女のキャプリちゃんも誕生。その先にはいくつもの明るい未来があったことだったと思う。それだけに1月26日の起こった墜落事故は、ブライアント家にとってあまりにも衝撃が大きかった。それはNBAという組織に関わるすべての人間にとっても同じだった。
事故翌日からの試合では試合開始のティップオフのあと、ボールを持ったチームの選手がまずバックコートに8秒立ち続けて最初のバイオレーション。その次にボールを持った相手のチームは24秒間、シュートを打つことなくボールを保持して再びバイオレーション(ショットクロック)。バスケットボールの時間にまつわる「規則違反」は敵陣のペイント内にオフェンスの選手がとどまれる3秒、審判からボールを渡されたあとに次のプレーを始めないといけない5秒を加えて4つあるのだが、そのうち2つまでがブライアントが付けた2つの背番号と同じ数字だったのはあまりにも運命的だ。出会いもさることながら、悲劇のあとにルールブックに記されている2つの数字の存在も「100万年に1回の出来事」なのかもしれない。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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