マラソン四天王・井上大仁 小6時に母が陸上転身を画策 中学時代は父と“秘密の朝練”

[ 2019年1月30日 10:30 ]

2020 THE STORY 飛躍の秘密

18年アジア大会の男子マラソンで優勝した井上
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 18年ジャカルタ・アジア大会で日本勢として32年ぶりに金メダルを獲得して東京五輪の有力候補に浮上した井上大仁(26=MHPS)。今では大迫傑、設楽悠太、服部勇馬と「マラソン四天王」に数えられるが、少年時代はスポーツとは無縁で昆虫大好きという純朴な子供だった。流されるように足を踏み入れた長距離界。高校時代の全国実績もなかった井上が陸上を志し、東京五輪を目指すまでに成長した「原点」を両親が明かした。

 長崎県諫早市飯盛。橘湾を望む小さな町で生まれた井上が昨年8月、ジャカルタでアジアの頂点に立った。14年仁川アジア大会1万メートル覇者のエラバッシ(バーレーン)とトラックまでもつれたデッドヒートの末に会心の勝利を収めると、屈託のない笑顔でマラソン初勝利を喜んだ。

 その勝利を誰よりも驚いていたのは他でもない両親だった。「スポーツは全般不得意でした。体は硬いし、球技は特に苦手だった。予定より1カ月早く生まれた上に、生まれ月も遅い。スポーツは全く期待していなかったんです」。そう話すのは母・康子さん(56)だ。

 飯盛小では休み時間には友達がサッカーで遊んでいるのをよそに、校庭の片隅でダンゴムシを集めて喜んでいるようなタイプだった。1つ上の姉・優希さん(27)の影響で4年生のときにドッジボール部に入ったが、姉の卒業と同時に井上も辞めていた。

 そんな井上が陸上の道へ足を踏み入れたのは康子さんの入念な作戦があった。球技が苦手にもかかわらず井上は中学ではサッカー部を希望した。「サッカーは送り迎えも大変。どうしようかと思っていたら、知人から陸上部は負担が少ないと聞いた。これは陸上に入れないとと思った」。康子さんの陸上作戦が発動した。

 小学6年の正月。箱根駅伝を家族でたまたまテレビで見ていた井上に「サッカーは少ししかテレビに映らないけど、陸上の速い選手はその区間ずっと映っている。凄いね、ヒーローだよ。飯盛のヒーローだよ。みんな喜ぶよ」と“マインドコントロール”。乗せられやすい井上も「それなら箱根を走らんばいかんとか…」と翻意し、陸上選手の第一歩を踏み出した。康子さんは「不純な動機ですね」と笑うが、名実ともにマラソン井上の生みの親となった。

 中学の陸上部で長距離の適性を見いだされると、もっと記録を出したいという欲が井上に生まれた。中1の冬「強くなりたい」という井上の思いを受けた父・正文さん(53)は親子で新聞配達の手伝いをするという“秘密の朝練”をスタートさせた。早朝4時から山道を3キロ程度走って地区の新聞を配った。

 配り終えると小学校のグラウンドを20分程度走った。記録会などの距離が中学2年からは1500メートルから、3000メートル、5000メートルに切り替わるため、距離を稼げる場所を探した。「一周6キロで国道をぐるっと回りました。新聞配達は準備運動、グラウンドで30分走るのが練習になりました」。高校3年まで雨の日も続けた成果が、ロードの基礎を形作った。

 全国大会に出場するなど、中学の実績が認められて入学した鎮西学院高時代は積極的に飛ばす井上に「ラビット井上」というニックネームが付いた。集団を先頭で引っ張って引っ張って、それで最後は抜かれる。そんな姿からついたあだ名だという。「みんなのペースメーカーだもんねと言っていたくらいです」と康子さんは振り返る。

 勝つなら後方に待機して最後に抜く方が効率が良いが、正文さんはその戦い方ではなく“ラビット走法”が好きだった。「力のある選手が最後にポンと出て勝つことを“ちょい勝ち”と言っていました。本当は先頭を走って記録を伸ばしてほしい」。昨年11月に都内で行われた記録会。井上は前半は後ろについて、最後の競り合いで2着に入り1万メートルで自己記録を出した。練習の一環というのも分かっていたが、正文さんは「良かったねと話したが、心の中では歯がゆかった。本当ならアジア大会もすっきり勝ってほしかったんです」と明かす。

 今年の9月15日。東京五輪切符を懸け、ジャカルタ以上に熱い戦いが待ち受ける。正文さんは「親としては世界が違うのであまり言えませんが、自分らしい走りで勝ってほしい」。原点を知る両親はラビット井上の快走を期待している。

 《4月ボストンで“仮想MGC”》井上は1月のニュージーランド合宿でマラソン練習を本格スタートさせた。同国ネルソンで行っている合宿はアップダウンのきついコースでマラソンの土台づくりのために距離を意識した練習に取り組んでいる。

 井上は日本記録保持者の大迫傑(27=ナイキ)が出場予定の東京マラソン(3月3日)は出場せず、前回大会で川内優輝(31=埼玉県庁)の優勝が記憶に新しいボストンマラソン(4月15日)をMGC前のレースとして選択した。

 ボストンはペースメーカーがいないことに加え、終盤に急坂が待ち受けるなどMGCのコースを想定した戦いが経験できるとあって「タイムを狙うレースはいつでもできる。今は勝負に徹したい」と約8カ月後の大勝負を見据えた戦いをすでに始めている。

 ▽東京五輪マラソン代表への道 19年9月15日に行われる男女日本代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」で男女各2人が決定する。代表2人のうち1人は優勝者で、もう1人はMGC2位か3位のうち、派遣設定記録(男子2時間5分30秒、女子2時間21分0秒)を過去に突破した選手の最上位。該当者がいない場合はMGC2位となる。残り1枠は19年冬から20年春にかけて行われる男子3大会(福岡国際、東京、びわ湖毎日)、女子3大会(さいたま国際、大阪国際、名古屋ウィメンズ)の「MGCファイナルチャレンジ」で派遣設定記録(19年5月発表予定)を突破した記録上位の選手が全レース終了後に内定。記録突破選手がいなかった場合、MGC2位または3位の選手が内定する。

 ◆井上 大仁(いのうえ・ひろと)1993年(平5)1月6日生まれ、長崎県諫早市出身の26歳。飯盛中で本格的に陸上を始め、中学3年で全国大会に出場した。鎮西学院高では全国出場を果たせなかったが、山梨学院大では4年連続で箱根駅伝に出場した。マラソン5戦目の18年アジア大会で初優勝を飾った。趣味は折り紙。1メートル65、51キロ。

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