大迫傑のフォアフット走法を30年前に実践していた名ランナーとは

[ 2018年10月11日 09:00 ]

1987年12月、福岡国際マラソンで2度目の優勝を飾った中山
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 【藤山健二の独立独歩】シカゴマラソンで大迫傑(ナイキ)が2時間5分50秒の驚異的な日本新記録を樹立した。爪先で地面をひっかくように走るフォアフット走法は今や大迫の代名詞になったが、すでに30年前にこの走法をマスターしていた選手がいたことをご存じだろうか?日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーと激烈な争いを繰り広げた伝説の名ランナー、中山竹通氏である。

 中山氏が爪先走法、今で言うフォアフット走法に変えたのは21歳の頃だった。本人に直接聞いた話では、当時所属していた富士通長野のチームリーダーだった牧野義夫氏に「お前はふくらはぎが発達していないからもっと爪先を使え」と言われたのだという。それまでの走法は「ほぼべた足だった」というから文字通り180度の転換だ。だが「通用しないものはやっても仕方がない」と中山氏はあっさり助言を受け入れた。

 凄いのはそこからだ。新しい走法をマスターするために練習中はずっと爪先だけで走り続けた。しかも毎日16キロ以上も。加えて爪先だけで階段の上り下りを毎日1時間。練習以外の時間も常に爪先だけで歩くように心がけた。24時間ずっと爪先立ちの生活を続けた結果、わずか1週間で新走法を習得したという。

 そんな中山氏から聞いた話でもう一つ忘れられない言葉がある。「どうすれば日本のマラソンはもう一度強くなるのか?」という質問に、彼は「それは選手が考えることであって、指導者が考えるもんじゃない。どうやってアフリカ勢に勝つかなんてのは全部自分で考えて自分でやるしかないんですよ。選手自身が自分で考え、自分の方向性に向かって一歩でも二歩でも前に進んでいく。本当に強くなるにはそれしかないんです」と答えた。早大から日清食品というエリート街道を歩みながら、あえて日本を飛び出してナイキ・オレゴンプロジェクトに飛び込んだ大迫の生き方はまさにこの中山氏の言葉と一致する。

 中山氏の唯一の弱点は35キロ以降の落ち込みだったが、大迫は前半よりも後半の方が速いネガティブ・スプリットで42・195キロを走りきった。長年に渡って日本の歴代最強ランナーは中山氏だとずっと信じてきたが、ついにその認識を改める時が来たようだ。もちろん日本記録を塗り替えられた設楽悠太(ホンダ)も黙ってはいまい。2年後の東京五輪がいよいよ楽しみになってきた。(編集委員)

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