NBAの“名参謀”テックス・ウィンター氏死去 96歳 「トライアングル・オフェンス」の創始者

[ 2018年10月11日 14:06 ]

96歳で死去したウィンター氏(AP)
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 NBAブルズとレイカーズの元アシスタント・コーチで、フィル・ジャクソン監督の下で計10回のファイナル制覇に貢献したテックス・ウィンター氏が10日、カンザス州マンハッタンで死去。96歳だった。

 同氏が1953年から68年まで監督を務めていたカンザス州立大が発表したもので、死因などの詳細は非公表。2009年以降、心臓発作などで体調は思わしくなかった。

 ウィンター氏は第二次世界大戦のあと南カリフォルニア大で復学。バスケットボールと陸上・棒高跳びの選手として活躍した。

 同氏はカンザス州立大を率いていた1962年に「トリプル・ポスト・オフェンス」という本を刊行。そこからトライアングル・オフェンスという新たな概念が浸透していった。

 1971年にはロケッツの監督となり(2季で通算51勝78敗)、1985年にはNBAブルズのGMで旧友でもあったジェリー・クラウス氏に請われて同チームのアシストタント・コーチに就任。1989年にフィル・ジャクソン氏が新監督に就任すると、ウィンタース氏が著書の中で展開していた戦術を採用した。

 ジャクソン監督はそれまでマイケル・ジョーダン(現ホーネッツ・オーナー)の個人的な能力に任せていた戦術をトライアングル・オフェンスで大胆に改革。それがブルズのファイナル初制覇(1991年)につながった。

 コート上にいる5人の立ち位置を微妙に変えながらボールをムーブさせ、ジョーダン1人に的を絞らせないトライアングル・オフェンスでブルズは計6回のファイナル制覇(1991〜93、96〜98年)を達成。ジャクソン監督がレイカーズに移籍すると、ウィンタース氏もシカゴからロサンゼルスに移り住み、西海岸の新天地でも計4回の優勝(2000〜02、09年)に貢献した。

 数百種類に及ぶとも言われているトライアングル・オフェンスを活字化するとそのページ数は膨大になるため、多くのNBAチームは不採用。しかしジャクソン監督はウィンタース氏という名参謀を得て実行に移し、NBAの歴史を書き換える黄金時代を築いた。

 ウィンタース氏は2011年にバスケットボールの殿堂入り。91年から93年にかけてブルズのファイナル3連覇に貢献したジョン・パクソン氏(58=現ブルズ球団社長)は「テックス・ウィンターはバスケットボール界のレジェンドであり、おそらくこの競技の歴史の中で最もすぐれた指導者だった。彼はバスケットボールがどうあるべきか、という高い目標を掲げていた変革者。彼とともにプレーできたのはとても幸運だったし、ブルズへの貢献度は永遠のものだ」とコメント。ベンチで頭脳をフル回転させていたウィンター氏の死を悼んでいた。

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