バスケットボールのゴンザガ大・フュー監督に見る既成概念の壊し方

[ 2017年4月8日 11:00 ]

ウィリアムスゴスをなぐさめるゴンザガ大のフュー監督(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】日本の八村塁(1年)が所属している男子バスケットボールのゴンザガ大のキャンパスはワシントン州東部のスポケーンにある。人口20万人の中規模都市でアイダホ州との州境はすぐそば。イエズス会系の私立大学で学生数は7800人と米国の主要州立大から比べると3分の1程度だ。

 そこにマーク・フュー監督(54)がアシスタントコーチとして就任したのは1989年だった。その時に彼は当時の上司でもある監督にこう言われたそうだ。「リクルート(新入生の勧誘)には金を使うな。どうせうちはPAC10(西部の有力カンファレンス)のチームなんかには勝てないからな」。ゴンザガ大が所属しているのはWCCというカンファレンス。1部校ではあるが全米王座を狙うような強豪校はいなかった。だがその一言がフュー監督の心を逆に熱くさせた。

 1999年に指揮官に昇格するや大学側を説得。学生数は7800人なのに6000席ある新しいアリーナを作らせ、練習施設を改修させた。さらに「金を使うな」と言われたリクルートを積極的に展開。その“レーダー”米国以外にもおよび、今季は日本の八村以外にポーランド、フランス、カナダの選手が登録メンバーに名を連ねていた。

 「前例がないから」「時期尚早だ」。人間は面倒くさいことを頼まれたときの逃げ口上をどこかで準備している。だがその言葉を使う人たちは結局、何も生み出さない。しかしフュー監督はそんな言葉を口にする人たちを説得し、熱弁をふるい、夢を伝えた。

 以後、ゴンザガ大はNCAAトーナメントの常連校となる。そして今年は20回目の出場でついに初めて「ファイナル4」に進出。ワシントン州の大学として初めて全米王者になれるところまで到達した。

 4月3日。年間の放送権料が約860億円に達するNCAAトーナメントはアリゾナ州グレンデールでクライマックスを迎えた。試合会場はNFLスーパーボウルでも2度使用されたフェニックス大スタジアム。決勝戦には7万6168人が詰めかけ、ゴンザガ大対北カロライナ大の激闘を見守った。

 ゴンザガ大にとっては勝てた試合。後半の残り1分55秒で65―63と2点をリードしていた。しかしここから連続8失点。過去5回の優勝を誇り、マイケル・ジョーダン(現NBAホーネッツ・オーナー)らNBAのスター選手を多数輩出している北カロライナ大は土壇場で底力を発揮して71―65で8年ぶりに頂点に立った。学生数はゴンザガ大の3倍以上となる2万8000人。“人間力”が最後はものをいった試合だったかもしれない。

 試合終了のブザーが鳴ったときゴンザガ大の主力ガード、ナイジェル・ウィリアムスゴス(3年)は悔しさのあまりコート上で泣いていた。フュー監督はその背後から手をさしのべて何かをつぶやいている。どのように慰めたのかはわからないが、タイトルを逃した指揮官は敗北が決まると、選手の心のケアに努めていた。

 決勝戦でベンチに入った1年生は両校併せて計7人。八村選手は泣きじゃくるチームメートを見てどう思っただろう?準決勝までロッカールームで水をかけあって喜んでいた仲間と監督のあまりの違いに驚いたのではないだろうか。それはネガティブな場面かもしれないが、そこまで涙するような試合をやったことは、ゴンザガ大にとって永久の財産になるだろう。

 フュー監督が種をまいてから18年。ほぼゼロからスタートした無名校は今、全米の強豪校の仲間入りを果たした。前例をつぶし、物事を先送りしない前向きな姿勢。スポーツ界で躍進するチームには、そんな人材が必ずいると思う。(専門委員)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、佐賀県嬉野町生まれ。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に6年連続で出場。

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