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昇格おめでとう!水戸元監督の柱谷哲二氏も感動 受け継がれた土台、いつかはJ1優勝を

[ 2025年11月30日 05:40 ]

水戸 悲願のJ1初昇格

11年、水戸に入団し柱谷監督(右)からユニホームを渡される鈴木
Photo By スポニチ

 11年から15年6月まで水戸を率いた元日本代表DFの柱谷哲二氏(61)が初昇格を祝福した。4年半の監督時代は「J1昇格」を掲げて意識改革に奔走し、今日まで受け継がれているチームの土台を構築した。

 昇格、おめでとうございます。最後のプレッシャーを乗り越えたからこそ、価値がある。J1に行く力を彼らが証明してくれた。

 監督のオファーを受けた時、地元に愛されるチームにしてほしいと託された。お客さんを増やすために、まず私が発案したのがビラ配り。週1回、選手と一緒に水戸駅前に立った。その一方で選手を相当鍛えたね。一流じゃないなら死に物狂いでやらせないと。塩谷司(広島)のように今もJ1で頑張っている選手もいる。上から落ちてきた選手も鍛え上げてJ1に戻したよ。

 忘れられないのは、東日本大震災が起きた11年のリーグ中断明けの試合。被災したケーズデンキスタジアムで、優勝候補だった徳島に2―1で逆転勝ちした。みんなが一つになって、選手の頑張りを見て本当に感動した。

 地元出身で元日本代表の鈴木隆行が11年6月に加入した。半年以上もサッカーから離れていて「何かできることはありませんか?スポンサーを集めます」と言うから、「隆行がプレーすることが茨城の人々は一番喜ぶんじゃないか」と口説いた。私がチームに少し厳しいことを言ったら「そんなことは監督に言わせることじゃない」と隆行が怒るわけよ。若くていい選手は多くいたけど、柱となるベテランの存在はとても大きかった。

 当時から「J1に上がるぞ」と言ってきた。心の中では違うよ。4億、5億円の売上高で上がれるわけがない。でも「真ん中でいいんだよ」と世間に言っていたら何の魅力もないし、誰にも相手にされない。厳しい練習も頑張れなかった。

 就任当初は大洗で行っていた開幕前のキャンプが、数年後には沖縄に行けるようになった。少しずつ皆さんが協力してくれて、その後の監督たちがつないでくれたと思う。今後はJ1定着、そしていつかは優勝を目指してほしい。夢を語れないクラブは子供たちに何も語れないから。(元水戸監督)

 ◇柱谷 哲二(はしらたに・てつじ)1964年(昭39)7月15日生まれ、京都市出身の61歳。日産(現横浜M)、V川崎(現東京V)で活躍し、日本代表では主将としてW杯米国大会アジア最終予選などに出場し、ドーハの悲劇も経験。引退後は6クラブで監督を務め、現在は花巻東のテクニカルアドバイザー。

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