藤井勘一郎の野望 ここが新たなスタート「日本馬で世界挑戦」

[ 2019年2月19日 05:30 ]

藤井勘一郎
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 逆輸入ジョッキーの決意表明だ――。平成31年度の新規騎手免許試験に合格した藤井勘一郎騎手(35)。13カ国で騎乗するなど世界を股に掛けてきた男が、6度目の挑戦で狭き門を突破した。現競馬学校教官の横山賀一氏(52)以来27年ぶりの逆輸入騎手が、海外における女性騎手の活躍、新人としての意気込みなどを熱く語った。

 ――JRA騎手免許試験に合格した率直な気持ちは。

 「自分の名前が掲示板に貼り出された時“長かったな”と。ここに来るまで支えてくれた家族、サポートしてくれた関係者の皆さん、ファンがいたから頑張ることができた。(合格発表の)午前10時に掲示板を見た瞬間、妻と奈良にいる実家の両親にすぐ連絡した」

 ――過去5回は1次試験で不合格も6回目の挑戦で合格。

 「去年不合格になった時、何をしたらいいのか分からない自分がいた。ただ、やり残した思いもあった。そこで妻が“ジョッキーをしなさい”と言ってくれて、ここに戻ってこられる機会をつくってくれた。自分一人だったらこうならない。感謝している。公正競馬という観点から人間性が試された6回だとも思う。海外騎乗での制裁証明書などをJRA側に提出した。JRAを目標にしてきた思いが伝わったのだと思う」

 ――念願のJRA騎手。

 「JRAで乗ったのは道営のコパノミライという?コパさんの所有馬で参戦した15年クローバー賞(9着)の1回だけ。今までJRAのレースは楽しんで見ていた。ああ、キタサンブラック強いなあと。ファンの目線だった。これからは仕事として見なくてはいけない。各競馬場のコース特性、内外回り、仮柵のABCなど…。雨の降り方で馬場状態も変わる。これからJRAが仕事場になるという心の変化が自分でも不思議に感じる」

 ――世界から見たJRAの競馬とは。

 「海外から短期で来日するジョッキーや、ルメール騎手、デムーロ騎手が“日本の競馬は素晴らしい”と言う。僕もそう思う。13カ国を回って“ここでやりたい”と強く感じていた。これだけ公正で、整備された競馬は世界のどこを見渡してもない。施設も整っている。栗東トレセンは坂路や逍遥(しょうよう)馬道など馬をトレーニングするベストな環境だ」

 ――なぜ海外で騎乗しようと考えたのか。

 「中3でJRA競馬学校を受験しようと考えた。規定の体重が43キロ以下。それが、どれだけ頑張っても44キロ。あと1キロがどうしても落とせなかった。同じ時期に雑誌でオーストラリアの競馬学校を見つけ、日本を離れた」

 ――海外では日本よりも女性の活躍が目立つ。

 「豪州は女性騎手が約3割、厩務員さんは半分が女性かな。やはり男性に比べて馬へのあたり、接し方が優しい。犬が飼い主に似るように女性の優しさはレース前の気が立った馬にも伝わる。それと海外の女性はみんな気が強い(笑い)。豪州にいた坂井瑠星君ともそんな会話をした」

 ――関係者から見る海外女性騎手の評価は。

 「JRAは今年3月から新減量制度が導入されるが豪州にはそのようなルールはない。それでもトップクラスへ行く女性はいる。ミシェル・ペインがメルボルンC(15年)を勝った時は女性だからという特別な盛り上がりはなかった」

 ――JRAでは藤田菜七子が現役唯一の女性ジョッキーとして新たな道を切り開く。

 「逆に日本でここまで女性騎手が活躍していないのが不思議だった。菜七子さんがJRAで50勝を達成するなど活躍は新聞でチェックしていた。大したもの。この短期間で凄い。地方の浦和や川崎で一緒に乗った時があったが、たくましいなと感じていた」

 ――早速デビュー日(3月2日)に重賞チューリップ賞(阪神)の騎乗依頼が入った。

 「JRA所属になって最初の騎乗依頼の電話がチューリップ賞(ブランノワールに騎乗)。まだ調教も乗っていないのに(苦笑い)。南関やホッカイドウ競馬で乗っていたがJRAでは新人の気持ちでいたから驚き。須貝先生に「サポートするから」と言っていただき本当に心強い。JRAに来て、誰にも相手にされない可能性もあった。新しい地に来るということはそういうこと。だから本当にうれしかった」

 ――今後の目標は。

 「JRAに入ったことは一つの目標ではあったが最終的なゴールではない。日本をベースにして、ここが新たなスタート。自分が試されると感じるし、どんどんアピールして関係者の方々と信頼関係をつくらないといけない。自分の強みは豪州で騎手免許を取得してから13カ国で騎乗したこと。少しずつ準備をしてきたつもり。日本で重賞やG1を勝ちたいと強く思うし、日本の馬をパートナーにして世界へ挑戦したい」

 ▼須貝師 いろいろな土地で乗ってきた努力家。(15年栗東トレセンでの研修時に)ゴールドシップの調教に乗ってもらったこともある。全面的に応援するつもり。

 ▼石坂正師(藤井騎乗のモーニンで18年コリアスプリントを制覇)韓国を知っていたのが良かった。うまく乗ってくれた。日本ではお手並み拝見だね。

 ◆藤井 勘一郎(ふじい・かんいちろう)1983年(昭58)12月31日生まれ、奈良県出身の35歳。栗東所属のフリー。01年に豪州ニューサウスウェールズ州で見習騎手免許を得て、06年に同州で騎手免許を取得。以後、シンガポール、マレーシア、韓国など世界13カ国で騎乗。日本では南関やホッカイドウ競馬で手綱を取った。昨年9月にはモーニンでコリアスプリントを勝つなど韓国G14勝。騎乗競馬場は約70カ所。1メートル67、53キロ。血液型O。

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