役所広司 映画監督・原田眞人さん追悼「こんなに早く逝かれるとは…でも、最後にご挨拶が出来て良かった」

[ 2025年12月13日 14:54 ]

役所広司
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 「突入せよ!あさま山荘事件」や「関ヶ原」、「検察側の罪人」などで知られる映画監督の原田眞人(はらだ・まさと)さんが8日、死去した。76歳。静岡県出身。

 95年の「KAMIKAZE TAXI」などに出演した俳優の役所広司(69)が事務所を通じて追悼した。「映画カミカゼタクシーで初めて原田監督と出会い、計8本の作品でご一緒しました」

 「今月1日にご家族から連絡を頂き、3日の日に監督を訪ねました。昔話に花が咲き、病室を出てコーヒーを飲みに行きました。原田組のスタッフが合流し、和やかな時間を過ごせました」

 「最後に『また、やろう』と監督から声をかけて頂き、『お待ちしてます』と答えてその日はお別れしました。こんなに早く逝かれるとは、驚きました。でも、最後にご挨拶が出来て良かったです。ご冥福をお祈りいたします。寂しい年末になりそうです」と故人をしのんだ。

 原田さんは、子供の頃から年間100本以上を観賞する映画好きで、映画監督を志すようになった。英ロンドンに留学後、73年に米ロサンゼルスに渡り、敬愛するハワード・ホークス監督らの取材を通して映画評論家としてキャリアをスタートさせた。

 79年「さらば映画の友よ インディアン・サマー」で監督デビュー。86年、人気絶頂だった「おニャン子クラブ」が主演の「おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!」の監督に抜てきされ注目された。

 「KAMIKAZE TAXI」では役所広司が毎日映画コンクール男優主演賞、97年「バウンス ko GALS」では自身の監督賞と佐藤仁美(46)にブルーリボン賞新人賞をもたらすなど、メッセージ性の強い佳作で高い評価を受けた。99年「金融腐蝕列島【呪縛】」以降は、邦画メジャー作品を中心に手掛け、08年「クライマーズ・ハイ」、12年「わが母の記」、15年「日本のいちばん長い日」では日本アカデミー賞で優秀監督賞、同脚本賞を受賞している。

 メジャー作品の時は常にハリウッドに負けない日本映画を目指し、ダイナミックなカメラワークや演出、アクション描写などに強いこだわりを見せた。撮影現場で本番の際の掛け声も「よーい、スタート」ではなく、「ローリング、アクション」だった。

 03年「ラストサムライ」、06年「SPIRIT」には俳優としても出演。82年に公開された「スター・ウォーズ」日本語吹き替え版の翻訳監修、88年「フルメタル・ジャケット」ンの字幕を手掛けたことでも知られる。長男の原田遊人(48)は、俳優として父親の作品に出演することが多かったが、07年「伝染歌」以降は編集担当として作品を支えていた。

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