明石家さんま 高卒後、上京きっかけは“駆け落ち”「パチプロで何カ月か暮らしていた」

[ 2025年10月13日 20:09 ]

明石家さんま
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 明石家さんま(70)が12日放送のBSテレ東「飯尾和樹のずん喫茶」(後7・00)にスペシャルゲストとして出演。19歳の頃に上京した時に住んでいた町の思い出を振り返った。

 さんまは高校3年の時に落語家の笑福亭松之助に弟子入りした。だが、高校卒業後に当時交際していた彼女と“駆け落ち”し、東京・小岩に半年間住んでいたという。

 さんまは「パチプロで何カ月か暮らしていた」と語り、今でも残る“パチンコダコ”も披露した。

 だが、その後「喫茶店でウエイターやっていたことも」と言う。「ずん」の飯尾が「開店前にモーニングを食べている喫茶店でスカウトされたんですよね」と言うと、さんまは「偶然、うちの店に務めていた人がパチプロになって。それでパチンコ店で会って、“勝ちたいか?”って言うから“もちろん勝ちたい”って。“喫茶店来い”って言うから。あの時は釘の時代やから。釘を全部教えてくれて」と振り返った。

 その喫茶店でマスターと知り合いになり「お前何やってる?」と聞かれ「パチンコで暮らしている」と言ったところ「それはダメだ。うちに勤めなさい。みんなには内緒やけど、これこれの値段渡すから」と言われ、その喫茶店「ホープ」で働くことになったと明かし感謝した。

 その後“ホール主任”に出世。その喫茶店は夜中の12時まで営業していたが「12時に“蛍の光”が流れて閉店迎えるんやけど、そこで面白コメント言いながら“今日はこれでおしまいです”みたいなこと言うたら、それを客は待って、12時までいてはる」とさんまのエンディングトーク聞きたさに客が増えたため「また100円時給上がって。お世話になって」と語った。

 さんまは「当時は仕事がなかったから、東京でな。浅草演芸場行っちゃ断られ、東洋館行っちゃ断られ。弟子につかなきゃダメってことで。俺は大阪に師匠がいるから入れてもらえず…」と、東京での生活はうまくいかず、大阪に戻ったという。

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