細木数子さん、占いの先に目指した「失われつつある日本」の復活

[ 2021年11月11日 05:30 ]

細木数子さん死去

細木数子さん(2004年12月撮影)
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 【悼む】細木数子の名が知られるようになったのは1985年の阪神タイガース21年ぶり優勝を予言したからだった。「六星占術」は一躍脚光を浴び、時の人となった。

 スポニチ大阪版では、2001年の正月から「細木数子の日本一早いペナントレース予想」の連載が始まった。その2001年元日付で、細木さんは前年最下位、4位だった近鉄、ヤクルトの優勝に言及。その後も03、05年の阪神優勝を言い当てるなど、19年まで続いた連載は正月の風物詩となった。

 六星占術の第一人者だったが、常々言っていたのは「占いは当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦。それを間違ってはいけないわよ」。人には運気の良い時もあれば、悪い時もある。運気の流れを変えることはできないが、自らの運気を知ることによって、災いを最小限に抑えることはできる。今にして思えば、占いは運気を知る一手段として利用すればいい、ということだった。

 占いの先に目指していたのは失われつつある日本の伝統などの復活だった。先祖や両親への感謝、尊敬。年長者へのいたわり。一家の大黒柱である父親の威厳。家庭での母親像…。

 今の時代、もちろん賛否両論あるだろう。そんな細木さんが、非行に走った子供の相談にやってきた母親を叱りつける場面に遭遇したことがある。「子供は親の背中を見て育つの。娘さんを心配する前に、あんた自身を直さないと。あんたがこうだから娘さんは…。いいわね」。歯に衣着せぬ物言いながら、細木さん自身が泣きながら相談者をどやしつけるド迫力。本気で、子供たちを心配し、日本の将来を憂えている姿がそこにはあった。

 第一線を退き、ここ数年は会う機会もなかった。しかし、毒舌ながら、いつも真剣で、何事にも真面目に取り組んでいた姿は今なお忘れられない。どうか安らかにお眠りください。 (特集プロジェクトチームプロデューサー・上田 俊哉)

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