尾崎裕哉 父・豊さんの映像に「父親としても頑張っていたんだな」形見のネックレス着け出演

[ 2021年9月26日 22:21 ]

尾崎裕哉(12年撮影)
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 1992年に26歳の若さで死去した伝説の歌手・尾崎豊さんの長男で、シンガー・ソングライターの尾崎裕哉(32)が26日放送の日本テレビ系「行列のできる法律相談所」(日曜 後9・00)に出演、自分の知らなかった亡き父の姿を見て「父親としても頑張っていたんだなあ」としみじみと語った。

 豊さんが亡くなったのは裕哉が2歳の時のため、父の記憶は「ほとんどないです」と語る。ビデオなどは見ており「音源はずっと聴いていた」という裕哉だが、豊さん死去後は15歳まで米国に住んでいたため「アメリカで尾崎豊知っている人少ない」という環境にいたが、帰国するたびに墓参りに行くと「ほかのお墓よりも数倍でかい。こりゃただもんじゃないなって」と感じていたという。

 だが、この日豊さん没後7年目の同局の追悼番組内で、裕哉と抱いたり、おむつを取り替える時に映像が流れると「初めて見ました。あんな感じに愛されていたんだなって、ちょっとうるっときました。アーティストの姿しか見たことなかった。人間だったんだな。父親としても頑張っていたんだなあって」としみじみ語った。

 また、裕哉の名前を決める時のメモを母・繁美さんが残しており、「裕」の字の候補を10個も上げている様子が見られた。総格が大吉で「どんな世界でも成功を納める」と「裕哉」に決めた様子が紹介されるとMCの東野幸治(54)も「ロックンローラーが画数気にするんですよ。それくらいやっぱり親の責任としては、少しでもいい画数にしてあげたいっていう思い」と語った。

 裕哉のデビューは27歳の時。「20歳から曲を書き始めていたが、完成することができなかった。5年間くらい」と、父の曲は超えられないと悩む時間を経て、曲を作れるようになって音楽の道に進むことを決めたという。この日は父が亡くなる直前まで身に着けていたというネックレスとブレスレットを身に着けて登場尾。26歳で死去した「父親が先を見れなかったから、その先を自分が歌にしていけたら、生まれた意味があるんかないかな」と笑っていた。

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