近藤真彦 ジャニーズ電撃退所、不倫騒動で居場所失い…56歳“長男”自らケジメ

[ 2021年5月1日 05:30 ]

ジャニーズ事務所
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 歌手の近藤真彦(56)が30日、1977年から所属していたジャニーズ事務所を電撃退所した。4月中旬に自ら申し出た。事務所が新体制へ移行し世代交代が進む中、昨年11月に自身の不倫騒動が発覚したことで退所を決断するに至ったとみられる。近藤は80年代にヒット曲を連発し、苦境にあった事務所を救った最大の功労者。ジャニーズ事務所の「長男」と呼ばれてきたが、不倫騒動による活動自粛期間中に静かに事務所を去った。

 ジャニーズ事務所は「近藤より、これからの人生、自分の責任において芸能とレースの道を歩んでいきたいとの申し出がございました」と明らかにし、「その意向を尊重し、自身で決めた道へと送り出すことといたしました」と説明した。近藤も改めて不倫騒動を謝罪した上で「40年以上お世話になったジャニーズ事務所を退所させていただく」と報告した。

 スポニチ本紙の取材では、近藤は4月中旬に退所を申し入れた。昨年11月に25歳年下の女性との不倫交際が週刊誌報道で発覚。近藤は事実関係を認め、無期限の活動自粛処分を受けた。その期間中に事務所と話し合いを持ち、今後の方向性について協議。最大の理解者である藤島メリー泰子名誉会長(94)も申し出を受け入れ、月末までに双方合意に至った。

 ジャニーズ事務所は、19年7月にジャニー喜多川前社長が他界した後、後輩の滝沢秀明氏(39)が副社長に就任するなど、新体制へ移行。タレント、スタッフともに世代交代が進む中で、近藤も身の振り方を考える時期になっていた。そのタイミングで不倫騒動が発覚。事情をよく知るテレビ関係者は「事務所をけん引しなければいけない立場でありながら、大切な時期に迷惑を掛けた。後輩に示しがつかない、事務所に自分の居場所はもうないと考え、一気に退所へ加速したようです」と話した。

 近藤は79年にTBSドラマ「3年B組金八先生」の生徒役でデビュー。共演した田原俊彦(60)、野村義男(56)と「たのきんトリオ」として大ブレーク。80年に「スニーカーぶる~す」でソロデビューすると、「ギンギラギンにさりげなく」などヒットを連発。郷ひろみ(65)の退所や「フォーリーブス」の解散により苦境にあったジャニーズ事務所の救世主となった。

 近藤は「金八先生から始まり、新人賞、レコード大賞、紅白歌合戦、映画と数々の貴重なお仕事をさせていただき感謝しかございません」と振り返り、「これからもジャニーズの名を汚さぬよう仕事を続けさせていただきます」と誓った。

 今後はレースを中心に活動。近藤はレーシングチーム「KONDO Racing」のオーナー兼監督で、国内最高峰レースの「SUPER GT」と「スーパーフォーミュラ」に参戦している。これと並行して、タレント業も行っていく。

 事務所の最年長タレントで、最大の功労者だった近藤。「ジャニーズの長男」と呼ばれた男があまりに寂しい形で事務所を離れた。

 《昨年11月から無期限自粛中》オーダースーツの会社を経営する25歳年下の女性との不倫については、昨年11月に「週刊文春」が報じた。近藤と女性は2015年3月に知り合い、交際は5年にわたって続いたという。昨年6月には東京湾をクルーザーでデート、10月には沖縄旅行をしたとされる。報道を受け11月16日に近藤が芸能活動自粛を申し入れ、17日にジャニーズ事務所が無期限の芸能活動自粛処分を下したことを発表した。

 ◆近藤 真彦(こんどう・まさひこ)1964年(昭39)7月19日生まれ、神奈川県出身の56歳。77年、事務所入り。83年には石原裕次郎さんの代表作をリメークした映画「嵐を呼ぶ男」に主演し、特技のドラムも披露。15年、トライアスロン日本代表として世界選手権(スウェーデン)の50~54歳の部に出場し76人中64位で完走。血液型O。

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