大名跡復活!三枝 来年7月に「六代桂文枝」襲名

[ 2011年7月12日 06:00 ]

05年3月、五代目・桂文枝さんの合同葬で謝辞を読み上げる桂三枝(中央)

 落語家・桂三枝(67)が来年7月に「六代桂文枝」を襲名することを11日、所属する吉本興業が発表した。師匠である五代目文枝さんの死去から約7年ぶりの大名跡の復活に「命がけで一層の精進をしてまいります」と抱負。69歳の誕生日となる来年7月16日の大阪・なんばグランド花月を皮切りに、全国で襲名披露公演を開催する。

 「幹さえしっかりあったら、枝葉はどんな風に伸びてもええ」との師匠の教えを胸に、三枝は落語以外にも幅広い分野で活躍。70歳を前に、自らの努力で一流に育て上げてきた「桂三枝」というブランドを離れ、亡き師匠の名を受け継ぐことを決めた。

 関係者によると、五代目文枝さんの七回忌となる今年になって、桂きん枝(60)桂文珍(62)ら一門から「なんとか師匠の名を復活させたい」との声が上がり、弟子の総意で、総領弟子である三枝の襲名が決定。すでに関係各所にはあいさつを済ませており、6月末には吉本興業にも正式に報告したという。

 来年の誕生日からスタートする「三枝改め六代桂文枝襲名披露興行」は大阪、東京はじめ全国各地で2~3年にわたって公演を予定。ニューヨークやシンガポールでの落語会なども開いてきただけに海外での公演も視野に入れており、三枝は「上方落語の大看板・文枝の名に恥じぬよう、命がけで、一層の精進をしてまいります」と決意を新たにした。

 2005年3月に文枝さんが74歳で亡くなって以降、空白となっていた大名跡について三枝は、かねて「文枝という師匠の大きな名前を継げるのは私の夢です」と明言。今年3月には一門総出での文枝さんの七回忌追善興行を成功させ、吉本興業が創立100周年を迎える節目の年に、正式に襲名することになった。16日には文珍、きん枝とともに都内で発表会見に出席。亡き師匠や大名跡襲名への思いを語る。

 三枝は、66年に五代目桂文枝さん(当時は三代目桂小文枝)に入門。翌年に深夜ラジオ番組「歌え!MBSヤングタウン」のレギュラーに抜擢され頭角を現すと、その後も数多くのテレビ番組に出演し、人気を呼んだ。現代風にアレンジした創作落語にも取り組み、数多くの落語会を開催。220作を超える作品を世に送り出した。

 03年には6代目の上方落語協会会長に就任。大阪では約60年ぶりとなる落語の定席・天満天神繁昌亭を06年にオープンさせ、同協会の会館も来年3月に開館予定と、上方落語の発展に尽力し、多大な功績を残してきた。

 常々「若手から落語界のスターが誕生してほしい」と口にするなど、師匠同様に後進の育成にも力を注いでおり、弟子は18人。襲名を機に、近年は活況を呈している上方落語界を、さらに盛り上げていく。

 ▼桂米朝 結構なこちゃなあと思てます。上方の大きな名前が継承されるのは誠に喜ばしいかぎりです。

 ▼桂春団治 総領として師匠の名前を継ぐのは大変名誉なことです。四天王のひとつであります文枝の名前が復活することを非常に喜ばしく思っております。

 ◆桂 三枝(かつら・さんし)1943年(昭18)7月16日、大阪府堺市出身。本名・河村静也(かわむら・しずや)。関西大学の落語研究会に所属し「浪漫亭チック」の名で活躍し、在学中に入門。落語のほか、ABCテレビ「新婚さんいらっしゃい!」の司会などで活躍。06年の紫綬褒章受章のほか、芸術選奨文部科学大臣賞、菊池寛賞、NHK放送文化賞、大阪文化賞特別賞など数々の賞も受賞している。

 ▽桂文枝 初代は明治初頭に人気を博した。十八番「三十石」を質入れし、質受けされるまでの間、高座にかけなかったことでも話題に。五代目は音曲の入ったハメモノ噺(ばなし)の第一人者で、女性を描かせたら天下一品と評された。六代目笑福亭松鶴さん、桂米朝、桂春団治とともに「上方落語四天王」と呼ばれ、三枝、きん枝、文珍を育てた。

続きを表示

この記事のフォト

2011年7月12日のニュース