[ 2010年5月23日 06:00 ]

シルマーの練達の棒の下、充実の歌唱を披露する歌手陣。ドレスデンの名コンサートマスター、ミリング(シルマーの右側)のリードも光った。(C)堀田力丸

第2幕、花の乙女のコーラスはワーグナーの表現の幅の広さを感じさせてくれる私が好きな場面。アール・ヌーヴォーのように華やかで曲線美を描くような歌声は途中で拍手してしまいたくなるような出来。こうして演奏者全員が丁寧な仕事をしてくれたおかげで、集中力を切らすことなく「パルジファル」の世界に入り込むことができました。

 この作品の題材はキリスト教にまつわる聖杯伝説であるというのは3月20日の記事で述べた通りですが、登場人物の解釈については諸説あるようです。ウルフ・シルマーは前述のインタビューの中で「ワーグナーは救い主イエス・キリストの役割をパルジファルという人間によって描いている」と語っています。また、「パルジファル」という作品の創作過程においてワーグナー自身の心境や心情が色濃く投影されている、との解釈も古くから一般的になされてきました。さらにコンシェルジェによると昨今の読み替え演出では、パルジファルとクンドリの関係も大胆に変更されていることも多いといいます。私にはそのいずれも合点が行くように思えるのです。というのも、さまざまな人物の背景やセリフに、ワーグナー自身の生まれながらにして抱えていたコンプレックスや晩年の不安が散りばめられていたのではないかと想像できるからです。
 まず、苦痛を訴えるアムフォルタスの姿に心臓を患った最晩年のワーグナーの葛藤を代弁させているかのように映ります。
そして私が特に興味を持ったのはワーグナーが自らの出生に関して母ヨハンナへの疑いを終生抱いていた、との説です。かいつまんで紹介するとこうです。ヨハンナが夫でありワーグナーの実父であるフリードリヒの生前から、後の再婚相手となるルートヴィヒ・ガイヤーと不倫関係にあったのではないか、との疑念。ワーグナーが生まれて半年後に父フリードリヒが死去。それからわずか9カ月後にヨハンナはガイヤーと再婚しています。その期間の短さから自分はガイヤーとの間に生まれた子なのではないか、と疑っていたというものです。コンシェルジェによると後にワーグナーが反ユダヤ主義に傾倒していったのもユダヤ人だったガイヤーへの反発が影響を及ぼしたと指摘する研究者も多いそうです。なるほど、クンドリにかけられた呪いやパルジファルの彼女に向けた言葉の数々はワーグナーの母へ抱いていた感情が込められているかのように思えたのです。第2幕のラストシーン。パルジファルはクンドリに言う。「愛も、救いも、お前のものとなろう、アムフォルタスのもとへ至る道を教えてくれれば」これは、自分の本当の父親、ひいては自分のルーツを知りたいというワーグナーの切なる願望なのではないかと私には感じられました。

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2010年5月23日のニュース