【内田雅也の追球】幸せな「祈り」の球春

[ 2026年3月6日 08:00 ]

晴天の西宮神社
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 朝、西宮神社会館の受付の女性が「いいお天気で良かったです」と笑顔で話してくれた。

 まさに晴天。奇麗な青空が広がっていた。社殿の周りの木々が風に音をたて、鳥が鳴いていた。

 「少し寒いですが」と女性が言うので「これぐらいの方が身が引き締まりますよ」と返した。

 阪神開幕前恒例の必勝・安全祈願である。祝詞を奏した宮司・吉井良昭も「今日は素晴らしい天気で、青空で雲一つない。これはいい前兆。シーズンの第一歩になると思います」と話した。

 監督・藤川球児は絵馬にスローガンの「熱覇」と記し、玉串を奉納し、祈った。

 そう、祈るのである。監督はチーム全体の、あらゆる不測の事態を想定し準備する。選手たちの健康状態はもちろん、技術的、精神的な状態を良く保とうと心をくだく。それでも予期せぬ事態は起きる。夕方の球団激励会では「開幕すれば、おそらくまだ見たことのないような高い壁が来る」と覚悟を示した。あとはもう、祈るしかない。

 藤川は祈りを否定するだろうか。伊集院静の直木賞受賞作『受け月』(文春文庫)で、社会人野球の老監督が選手に「自分の力で乗り切れ」と叱咤(しった)する。「いいか、祈ったりしては駄目だぞ。自分で乗り切ると、性根をすえるんだ」

 だが、退任を前に祈りの大切さを知る。妻が芸妓(げいこ)から聞いたという「受け月に願い事をすると、こぼれないで叶(かな)う」という話。空に浮かんだ盃(さかづき)のような月を見上げ、手を合わせる。

 春は祈りの季節と言えるだろう。大学や高校受験に臨んだ子は、親は、合格を祈っている。就職や転職、転勤で新たな土地に向かう者たちは不安と希望のなかで祈っている。列島各地で祈りが飛び交う季節である。

 森沢明夫の小説『虹の岬の喫茶店』(幻冬舎文庫)や同作が原作の映画『ふしぎな岬の物語』で店主の初老女性(映画では吉永小百合)が「生きるって、祈ることなのよ」と語る。店に入った泥棒に「人はね、いつかこうなりたいっていうイメージを持って、それを心のなかで祈っているときは生きていけるの」。

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開幕し、センバツのキャプテントークもあった。誰もが皆、祈っていた。希望と幸福の球春である。 =敬称略=(編集委員)

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