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元オリックスの京産大・光原監督 名将の魂を胸に日本一を目指す「お互いの伸びしろを伸ばして」

[ 2022年1月27日 18:07 ]

京都産業大学野球部・光原逸裕新監督
Photo By 提供写真

 関西六大学野球連盟に所属する京産大の新監督に就任した元オリックス、ロッテの光原逸裕氏(41)がチーム強化への情熱を語った。2018年1月にコーチに就任し、昨秋から母校の指揮を執る。黄金時代を築くために全力を傾ける。

 スポニチでは監督就任に合わせYouTubeチャンネルの「スポニチチャンネル」で京産大硬式野球部の1日に密着。来春リーグ戦での優勝を目指す新監督、ナインの取り組みを追った。

 母校の歴史を受け継ぎ、新たなページを加えていく。光原監督は覚悟を胸にグラウンドに立つ。2018年にコーチに就任し、チームに目を配ってきた。だが、やはり指揮官は責任の重大さが違う。「今まで、前任の勝村監督にかなり頼っていた。選手とお互いに切磋琢磨(せっさたくま)しながら成長できればいいという考えでやっている」。鋭い眼光が決意の表れだった。

 目標とする人物がいる。前任の勝村法彦監督とともに、影響を受けた監督に挙げたのは「名将」の名だった。

 「プロの1年目。1年だけでしたが、仰木さんと関わらせていただいた。言葉数は多くないですが、一言、一言のタイミングが安心感があって、すごく温かく見守っていただいていると感じた。そういう指導者になれればと思います」

 JR東海を経て、04年ドラフト2巡目でオリックスに入団。プロで出会った最初の監督が近鉄、オリックスで3度の優勝、1度の日本一に輝いた名将・仰木彬氏だった。同氏のもと、05年4月1日の日本ハム戦で初先発初勝利。その後もローテの一角として奮闘し、夏場に右肩痛で離脱するまで7勝を記録した。11年にロッテに移籍し、12年まで現役を続けたが、支えになったのは1年目のできごとだった。

 「打ち込まれた翌日、ランニングしている時に仰木さんが僕の方に来られた。2軍行きを言われるかと思ったら、一言だけ“おい。悔しいか”と。“はい”と答えると“そうか”とだけ言って、笑って行かれたんですね。勝手な想像ですが、次、頑張れよと言って頂いているようなまなざしで、安心感と期待を感じた」

 言葉は少なくとも、重みがある。「そういう人物、指導者になりたい」と思い描く。

 監督を務めるのは初めての経験。仰木監督の代名詞とも言える「マジック」については「そんな、僕は何もできないので…」と笑う。まずは選手とともに汗を流し、地道にチーム力を底上げしていくことに腐心する。「まだ経験不足ですし、まずはいろんなことを覚えていかないといけない。(選手と)お互いの伸びしろをお互いで伸ばしていけるように」。冬の期間、練習では基礎的な体幹トレ、フィジカルトレ、ランニングなどを重視。全体ではボールを一切、使わない日もある。「まず来年の春のリーグ戦で優勝できるように」。地味で苦しい鍛錬の先に、18年秋以来の頂点があると信じる。

 主将に就任した久木崎太郎捕手(3年)は「どにかくストイックで、野球に対して熱心」と信頼感を口にし、勝村前監督も「新監督として、いろんな色を出していってくれるでしょう。京産大の根本を知ってくれている子なので、それをさらに進化させていってくれる」と期待を寄せる。光原監督はひときわ、言葉に力を込めた。

 「京産大野球部の伝統は、どういう状況でも、最後まで全力でやり抜く野球。それを崩さないように、質を高めるようにやっていきたい」

 母校の歴史を紡ぎ、選手達の成長に寄与する。恩師の思い出を胸に、新指揮官の戦いがスタートした。

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