【内田雅也の追球】脂汗がにじんだ「夏」の激闘 阪神の「挑戦」「全員野球」が呼んだドロー

[ 2021年9月25日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6-6巨人 ( 2021年9月24日    東京D )

<巨・神(20)> 引き分けに持ち込みベンチ前でナインを迎える矢野監督(撮影・大森 寛明)
Photo By スポニチ

 正直に書けば、試合中何度か声が出た。野球記者は先輩や評論家に鍛えられ、一喜一憂せず目を凝らす冷静さが身についていく。声は出なくなっていく。ところが、37年目、5千試合近く見てきたこの夜、「ウワッ」「オイッ」「ホー」……と大声が出た。

 試合後、原稿を書こうとしてパソコンに向かうと、指先が粘り気を含んでいてキーにくっついてしまう。脂汗がにじんでいた。手に汗握るとはこんなことを言うのか。洗面所で2度手を洗った。

 とにかく激闘だった。死力を尽くした、などと書くのもやぼったい。阪神と巨人。これぞ「伝統の一戦」である。

 やはり、9回表裏の攻防を書いておきたい。

 1点を追う阪神。先頭・糸原健斗が四球で出ると、すぐ植田海が三塁ベンチを駆け出た。代走である。次打者ジェリー・サンズの初球にスタートを切った時「ウワッ」と出た。チアゴ・ビエイラもクイックで投げていたが投球タイムは手もと計測で1秒37と遅かった。余裕の二盗成功だが、その勇気に震えた。

 加えて植田はあの打球でよく還った。ライナー性で中堅後方、タッチアップ体勢で二塁につき、抜けるとみてから走りだし、俊足を飛ばしての同点生還だった。

 この後、島田海吏の送りバント、坂本誠志郎の選球、近本光司が160キロ近い高めボール球剛球を打ちに出た気概……と続く。この間、相手巨人の亀井義行が邪飛を追ってスタンドに飛び込む姿にも闘志を見た。

 裏の守り。1死満塁、前進守備で三遊間ゴロを逆シングル横っ跳びで好捕した中野拓夢は超の付く美技である。加えて、難しいハーフバウンドぎみの送球をこれまた逆シングルで体を伸ばして好捕、封殺した捕手・坂本の技術をたたえたい。

 ほかにも特筆すべきプレーが随所にあった。阪神としては「挑戦」という原点を思い返した一戦として記憶に刻みたい。試合前、監督・矢野燿大が全員を集めてミーティングを開いていた。

 「今までトップに立っていて、それを守らなあかんって、オレ自身も思っていた。でもオレらはチャレンジしてこそのチームなんだ。みんな、もう一度思い出してほしい」

 首位から2位に落ちて原点を思い返したわけだ。矢野の思いは届いていた。だから初回先頭で出た近本は2番中野の打席で2度スタートを切っていた。ファウルと死球で盗塁はならなかったが、「超積極的」の精神が再び宿っていた。

 そして、スローガンの「オレがヤル!」を引き合いに「裏方さんを含め、全員が主人公になれたらいい」と語りかけた。全員野球が戻ってきていた。

 そんな心が生んだ激闘ドローである。今季を振り返った時――結末はどうあれ――必ず行き当たる試合になる。

 阪神・巨人がともに最終戦で優勝決戦となった1973(昭和48)年は語り草となる10―10の激闘ドローがあった。山際淳司が『最後の夏 一九七三年 巨人・阪神戦放浪記』(マガジンハウス)で<一九七三年のプロ野球を旅していくと、おのずと出会うのがその年の十月十一日に後楽園球場で行われたGT戦であ>と記している。

 この年のセ・リーグは混戦で<僕たちは迷宮のなかにいた>と記している。この夜の6―6激闘の引き分けの意味など誰にもわからない。阪神は「勝ちに等しい」と思いたいが、迷宮のなかにいるというのが本当だろう。

 タイトルの「夏」とは<野球ファンであることが幸せだった季節>を意味する。優勝を逃すと田淵幸一に<夏の終わり>が訪れている。

 彼岸も過ぎようとする今も紛れもなく「夏」である。そして、こんな激闘を見られるのは「幸せ」である。 =敬称略= (編集委員)

続きを表示

「始球式」特集記事

「水島新司」特集記事

2021年9月25日のニュース