【内田雅也の追球】新しい季節を新しい心で シーズン“再々々”開幕の阪神へ

[ 2021年8月13日 08:00 ]

オリックスの本拠、京セラドーム大阪

 コロナ禍のいま、世界を自由に旅することは難しい。戦中戦後の日本も海外渡航には厳しい規制があった。一般市民が観光で自由に外国へ旅行できるようになったのは1964(昭和39)年4月だった。

 当時、ジャルパックの添乗員を指導した水野潤一は単に「添え乗る付添人」ではなく「旅を演出する存在であるべきだ」と哲学を語ったそうだ。何げなく観ていたNHKの番組『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』の再放送で知った。はっとする言葉があった。

 「またパリか、と思うな」という言葉が印象に残る。添乗員も慣れてくると、パリでもロンドンでも新鮮味が薄れる。だが、旅行者にとっては初めての大切な旅なのだ。

 プロ野球にも通じている。毎日試合を行う選手たちは同じような日々に慣れ、体も心も疲れてくる。だが、スタンドの観客には初めての人もいれば、一生に一度の人もいるかもしれない。かつてON、王貞治も長嶋茂雄もそうした心で毎日臨んでいた。「また、試合か」と思う心を戒め、奮い立ちたい。

 阪神は疲れていた。球宴、そして五輪での中断前の7月は明らかに疲れていた。体が疲れ、いくら奮い立とうとしても心に「また、試合か」の思いがあったろう。五輪で異例の1カ月の中断はありがたかった。ゆっくりと肉体も精神も休めることができた。

 プロ野球は一年を通じて長いシーズンを戦う。五輪のある今年は3月26日の開幕、5月25日のセ・パ交流戦開幕、6月18日の交流戦明け開幕、そして、きょう13日の中断明け開幕と多くの開幕で心も入れ替わる。季節が移り変わるのだ。

 「また、試合か」の思いも「さあ、試合だ」となれる。

 今季を振り返れば、3月の開幕から交流戦までを28勝12敗2分け(勝率・700)と首位を突っ走った。交流戦も11勝7敗と12球団中2位で終えた。交流戦明けから中断まで19勝24敗1分けとやや沈んだ。中断明けの新しい季節、何が起きるかは誰にも分からない。

 先の「また、パリか」は野球記者にも通じる警句だと自分を戒めている。御年100歳の米コラムニスト、ロジャー・エンジェルは子どものころ、父親に連れられて観に行った野球の素晴らしさを忘れていない。ワシントン・ポストのインタビューで「子どもの頃だけに限らない」と語っている。「明日取材する試合が、これまで観た試合のうちで最高のものになるかもしれないのだから」

 「また試合か」ではない。心を新たに開幕を迎えよう。 =敬称略= (編集委員)

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2021年8月13日のニュース