「みちのくのドクターK」仙台育英・向坂 県制して甲子園だ!宮城独自大会7.11開幕決定

[ 2020年6月12日 05:30 ]

仙台育英・向坂(撮影・松橋隆樹氏)
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 今年のセンバツ大会に出場予定だった32校による「2020年 甲子園高校野球交流試合(仮称)」(8月10日から)に出場する仙台育英(宮城)が11日、仙台市内の同校で練習を行った。交流試合開催発表から一夜明け、向坂優太郎投手(3年)が憧れのマウンドに立つ喜びを語った。また、宮城県高野連は独自の大会を7月11日から開催すると発表。県を制して甲子園へ――目標は定まった。

 甲子園での交流試合に続き、宮城県独自の大会も決定。「みちのくのドクターK」こと向坂は、連日の吉報に「グラウンドに立ってプレーできるのはうれしい。1、2年生にプレーで伝えていきたい」と声を弾ませた。

 恋い焦がれた聖地のマウンドだ。一昨年の夏、アルプススタンドから初めて見た大甲子園。「思った以上に迫力があって、凄く興奮した。いずれ、ここでプレーしたい」と誓った。だが、力及ばず昨夏はベンチ外。スーパー1年生と呼ばれた笹倉、伊藤樹両投手の活躍もあり、チームは甲子園で8強入りした。「2人はスキルで自分を上回っていた」と悔しさを押し殺した。

 逆襲の秋――。最速143キロを誇る左腕は背番号8の投手兼中堅手として躍動した。東北大会準決勝の岩手・盛岡大付戦では13奪三振の力投を見せるなど、宝刀のスライダーを武器に計20回2/3で26奪三振。防御率1・74と圧倒的な投球を見せ、自らの手でセンバツ出場を引き寄せた。

 だが、またも聖地は遠のく。新型コロナウイルスのまん延により、大会の中止が決定。「全国レベルのトーナメントでしっかり活躍すれば、十分プロから声をかけてもらえるレベル」と須江航監督も目尻を下げていたが、プロ志望を諦め、大学進学へと切り替えた。

 それでも、先の見えない約2カ月の活動自粛中を有意義な時間に変えた。自らのフォームを分析することで、股関節の使い方を見直した。5月26日から練習を再開し、多いときには週に4度のブルペン入り。「ガチッとはまる感じ。タイミングが合ったときの感覚は凄く良くなった」と自信をのぞかせる。「全てやり切る。そして精いっぱい楽しむ」。三度目の正直で迎える聖地で、「みちのくのドクターK」が、一世一代の投球を披露する。(花里 雄太)

 ◆向坂 優太郎(むかいざか・ゆうたろう)2002年(平14)10月17日生まれ、宮城県村田町出身の17歳。小学3年で軟式野球を始め、中学時代は宮城臨空シニアでプレー。仙台育英では2年秋から投手兼中堅手としてベンチ入りし、明治神宮大会から背番号1を背負った。持ち球はスライダー、カーブ、チェンジアップ、ツーシーム。最速143キロ。遠投105メートル。1メートル81、81キロ。左投げ左打ち。

 ≪背中で伝統伝える≫田中祥都主将(3年)は「試合をやらせてもらえる。最高のプレーを見せたい。一つ一つのプレーを大切にしたい」と声を弾ませた。センバツの中止が決まって以降、「どうやって高校野球を完結させるか」と考え続けてきたチームはスコアボードに「熱夏伝承~40人で残す軌跡~」と貼り付け、新たな指針とした。最上級生40人が、残される1、2年生に背中で伝統を伝えていく。

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