ヤクルト 97年日本一以来の10勝1番乗り、村上V3ランで巨人連破

[ 2019年4月15日 05:30 ]

セ・リーグ   ヤクルト11―6巨人 ( 2019年4月14日    東京D )

<巨・ヤ>5回、先頭打者の村上が勝ち越しソロを放つ(撮影・村上 大輔)
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 ヤクルトは14日、巨人を11―6で下し、2連勝で首位を守った。前日の7発に続き、6発が乱れ飛んだ空中戦。村上宗隆内野手(19)が6―6の5回に決勝の右中越え3号ソロを放ち、前日と同スコアで制した。両リーグ一番乗りの10勝は日本一に輝いた1997年以来22年ぶり。1週間6試合で4度目となる2桁得点も97年以来2度目と「吉兆」が続く。19歳の若き主砲が5試合ぶりの一発で勢いを与えた。

 初々しい。プロ入り後初めてのヒーローインタビュー。村上は4万3021人の観衆が詰めかけた東京ドームで緊張していた。自身の発した声が後方のスピーカーから聞こえることにも驚きながら、試合を振り返った。

 「(1打席目で)チャンスで凡退していたので思い切って打とうと思いました。(本塁打は打った瞬間に)いったかなと思いました」。巨人に前日のお返しとなる岡本らクリーンアップの3発で追いつかれたが、5回、先頭でバックスクリーン右に勝ち越しの3号ソロを叩き込んだ。

 3月に侍ジャパンに初選出され、3歳年上の岡本らとメキシコ戦を戦った。「岡本さんのようにヤクルトの中心として引っ張れるように」との思いがある。初回に一発を放った岡本に負けじと打ち返した。若き主砲の一発で再点火した打線は3点を勝ち越し、今季最多17安打で11得点。巨人での2戦連続2桁得点は5年ぶりだ。両リーグ10勝一番乗りは優勝した97年以来22年ぶり。まだ生まれていなかった19歳が導いた。

 熊本地震からちょうど3年がたったこの日、故郷へ活躍を届けたかった。「少しでも被災されて仮設住宅などで暮らしている人たちに元気と勇気を与えられるならと思う」。被災時は九州学院2年。夜、練習が終わり、自宅へと自転車で向かっている時に発生した。家族や親戚に被害はなかったが、学校は被災者のために開放された。約1カ月間、練習はできず。ボランティア活動などを行い野球どころではなかった。

 年末年始には実家に帰った。「まだ2年しかたっていない。揺れの恐怖と生きている感謝の気持ちを感じます」。今ある環境は当たり前じゃない。だからこそ悔いのない一打席を目指して試合後も居残り、バットを振る。

 打率は・192。守備面の不安もあり、小川監督は「改めて考えないといけない」と話した。今後は先発から外れる可能性があるが、村上自身もよく分かっている。「勝っているのは僕の力じゃない。チームに迷惑もかけている。これからもっと貢献できるように頑張りたい」。打って守って、チームの力になる。(黒野 有仁)

 ◆村上 宗隆(むらかみ・むねたか)2000年(平12)2月2日生まれ、熊本県出身の19歳。九州学院では1年夏に甲子園出場。高校通算52本塁打を放ち、17年ドラフト1位でヤクルト入団。昨年9月16日の広島戦ではプロ初打席初本塁打をマークした。1メートル88、97キロ。右投げ左打ち。

 ≪6戦4度の2桁得点は22年ぶり≫ヤクルトが13日に続き11点を奪い、巨人に大勝。今週のヤクルトは9、10日の広島戦(10、15点)と合わせて6試合(6日間)で2桁得点が4度。6戦4度の2桁得点は97年7月27日~8月2日に7日間で記録したのに次ぎ、22年ぶりチーム2度目だ。また、開幕15試合目までに2桁得点が4度はセでは85年阪神が8試合目でマークして以来34年ぶり。これでヤクルトは両リーグ10勝一番乗り。チームのセ10勝一番乗りは11年以来だが、両リーグでは51、97年に次いで22年ぶり3度目。前回97年は開幕から一度も首位の座を譲ることなく優勝している。

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