元投手の一流打者がバネにした“挫折” オリックス・佐野の今後に期待

[ 2019年2月13日 09:15 ]

10日の紅白戦の3回、中前打を放つオリックス・佐野
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 阪神・糸井を初めて見たのは03年、近大4年生のときだった。当時はまだ投手。プロ注目のドラフト1位候補右腕がいきなり全日本大学選手権の初戦から激突する。九州共立大の馬原(ダイエー・ソフトバンク―オリックス)との投げ合いを見ておこうと、神宮へ足を運んだ。

 ところが、あいにくの雨の中で登板となった糸井は制球に苦しんだ。初回から4点を許し、2回途中で7失点KO。0―14で5回コールド負けを喫した。

 日本ハムには投手で入団したが、3年目に野手転向。5年目にはレギュラーをつかみ、その才能を開花させたが、ある時、雨の中で乱調だった投球を糸井に振ってみると「やめて、その話、トラウマだから」と言っていた。

 昨季、通算2000安打を達成したロッテ・福浦も投手としてプロ入りした。習志野の左腕エースとして地元球団に入団したが、1年目の夏には早くも打者となった。大記録まで残り100安打を切った頃、「野手転向してよかったね」と声をかけたら、「そんなことないよ。投手をやりたかった」と口にしていた。

 記者が担当していた07年のヤクルトには、野手顔負けの打撃をみせるすごい投手がいた。高井雄平だ。東北高時代から最速151キロ左腕として注目を浴びただけでなく、高校通算36本塁打の打撃の評価も高かった。

 投手陣のフリー打撃では、普段練習していないのに左打席から左翼席中段にまで打球を運んでいた。そんな選手は、今まで見てきた中でも糸井、ソフトバンク・柳田、日本ハム時代の大谷ぐらいだ。その年の高井は中継ぎで52試合に登板したが、3勝6敗、防御率5・19。周囲からは「早く打者になった方がいい?」との声も多かったが、高井自身は「絶対に嫌」と、投手としてのこだわりを見せていた。それでも雄平と登録名を変更し、10年から外野手としてプレーすると、14年には打率・316、23本塁打をマークした。

 プロの世界で結果を残した一流打者でも、投手として挫折したことを忘れずに抱えている。最近気になっている選手がいる。オリックスの5年目・佐野だ。面識はないが、大分のエースとして14年夏の甲子園で奮投していた姿を覚えている。投手で芽は出なかったが、快足を期待されて野手転向すると、今春キャンプでは元盗塁王の西村監督に期待されて1軍に昇格した。挫折をバネに糸井、福浦、雄平のようになれるか。今後の活躍を注目していきたい。(記者コラム・横市 勇)

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