【決断】DeNA井手 納得の15年 母と兄貴分ムネさんからねぎらい

[ 2016年12月21日 11:00 ]

決断2016ユニホームを脱いだ男たち=DeNA・井手正太郎外野手(33)

ソフトバンク時代に兄貴分の川崎(右端)とプレーした井手(右から2人目)
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 自身の感情はいったん、胸の奥にしまい込んだ。井手は引退へと傾いていた心を奮い立たせ、11月12日に甲子園で行われた12球団合同トライアウトに参加した。結果は5打数1安打。これが、最後のユニホーム姿となった。

 「正直ホッとした。やっと終わったなって。15年もやっていれば戦力外になるな、というのは分かっていたから」。横浜市内の球団事務所で戦力外通告を受けた際、湧いた感情は安ど感だった。それでもトライアウトを受けたのは、周囲から「まだやれる」という励ましを受けたから。だが、自分のことは自分が一番よく分かっている。声が掛かることはなかった。

 引退を決めて、これまでお世話になった人に電話をかけた。多くの人が引退を惜しみ、残念がってくれた。しかし、母の裕子さん(55)の反応は違っていた。「良かった…。もう十分だよ」。息子が苦しみながら、プレーを続けていることを知っていた。「母ちゃんも自分と同じ気持ちだったんだと思った」。そのとき、不覚にも涙があふれてきた。

 2年前から原因不明の嘔吐(おうと)に苦しめられ続けた。グラウンドでも、休日に出掛けたディズニーランドでも吐き気に襲われる日々。そして、今春キャンプでは人生初のぎっくり腰になった。「スイングが怖くなった」。これまでは修正できていた打撃のズレを直せなくなった。だから、自分で納得して引退を決めた。

 母以外にもう一人、周囲と違う反応をした人物がいた。プロ2年目から一緒に自主トレを行い「兄弟のような存在」と慕うソフトバンク時代の先輩、川崎(カブスからFA)だ。電話で引退を報告すると「良かったな!凄いぞ、15年間も(現役を)やったのは!」と明るい声が返ってきた。

 野球はもちろん、その人柄に大いに影響を受けた。「ムネさんは明るくて、誰にでもフランク。それが人を引きつけるんだと思った。だから、自分も意識してきた」。球団はそんな井手の姿を見ていた。今後は球団職員として野球振興に取り組んでいく。「子供たちと接する野球振興の場でも、ムネさんの教えが生かせそうですね」。そう言って笑みを浮かべた。 (中村 文香)

 ◆井手 正太郎(いで・しょうたろう)1983年(昭58)10月10日、宮崎県生まれの33歳。日南学園では3年夏に甲子園に出場し、打率・625をマーク。01年のドラフト8巡目でダイエー(現ソフトバンク)に入団。10年途中にトレードで横浜(現DeNA)に移籍し、勝負強い打撃で右の代打として活躍した。1メートル79、85キロ、右投げ右打ち。

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