【内田雅也の追球・特別版】少年少女よ、大山の全力疾走みましたか?たいせつなのは「まけたあと」

[ 2022年5月4日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0-3ヤクルト ( 2021年5月3日    甲子園 )

9回、右飛を打ち上げるも、一塁へ全力疾走する阪神・大山
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 こどもの日に向け、甲子園球場で「ゴールデンウイーク こどもまつり」が始まった。阪神が「子どもたちに野球選手を身近に感じてもらいたい」とイベントやファンサービスを実施、スコアボードの表記もひらがなだった。内田雅也編集委員はコラム『追球』特別版で、少年少女に向けてのメッセージを込めた。

 最後のバッターとなったタイガース・大山選手の姿を見ましたか。3点差の9回裏、2死一塁。平凡なライトフライを打ち上げました。

 くやしかったことでしょう。4打席とも打ち取られたのは直球で3本のフライと三振でした。

 それでも「しまった」という顔をした後すぐ、一塁に走りだしました。必死に走っていました。

 これが全力プレーです。野球は失敗の多いスポーツです。3割バッターでも10回のうち7回は失敗です。でも失敗したからとあきらめてしまってはいけません。相手がミスするかもしれません。「くやしい」気持ちを胸にだいて走るのです。

 メジャーリーグで3千本以上のヒットを打ったジョージ・ブレットという大選手がいました。1993年、40歳で引退する前「最後の打席はどうなりたいか」と新聞記者に聞かれると「平凡なセカンドゴロを打ち、一塁で間一髪(かんいっぱつ)アウトになりたい」と話しました。

 タイガースの矢野監督も現役最後の打席は「ショートゴロを打ち、一塁にヘッドスライディングしたい」と思っていたそうです。似ていますね。どちらも失敗してもあきらめない、そして最後まで全力をつくす姿勢を示したかったわけです。

 だれに見せたかったのでしょう。ブレットも矢野監督も「こどもたちに」と話しています。

 タイガースは負けました。6連勝していましたが、ずっと勝ち続けることなんてできません。

 プロ野球は3月から10月まで143試合を戦います。長いシーズンで、毎日のように試合があります。優勝チームでも50~60試合は負けます。大切なのは負けた後です。

 作家の伊集院静(いじゅういんしずか)さんは学生時代、野球選手でした。<勝つ時もあれば、敗れる時もある。それが人生に似ている>と『逆風(ぎゃくふう)に立つ』という本に書いています。

 人生が大げさなら毎日の生活や生き方と考えてください。学校や家庭、勉強や友だち関係など、だれでもつらいことはあります。でも人生はシーズンと同じで長く続きます。だから<敗れた時、これが肝心(かんじん)なのだ>とあります。<いかに冷静に結果を見つめ、次になすべきことを見つけ、成功までの苦しい時間を耐(た)えられるかだ>。

 この日、完封(かんぷう)されたスワローズの小川投手は今季初勝利です。タイガースは開幕戦(3月25日)で3回まで11安打を浴びせ、KOしていました。

 小川投手は自分の失敗を見つめ、次の対戦にそなえていたのです。タイガースはやられました。前回より増えた直球にさしこまれ、変化球は低めにきて、打ち返せませんでした。開幕戦から39日目。「やりかえす」との思いにやられました。

 こんどはタイガースがやりかえす番です。負けを素直に認め、次に向けて準備する。この繰り返しなのです。

 タイガースで監督も務めた金本選手は現役時代、自分が打てずに負けた後、ベンチから出てきませんでした。その日の自分を見つめ直し、素振りをしていました。

 金本選手は少年少女に向けた『心が折れても、あきらめるな』に書いています。「そのときはつらくても、時間がたつとそうでもないことが少なくない。どんなにつらいと思うことも、いつか笑って話せるときがくる」

 だから、前を向くのです。いつかきっと、笑える日がやってきます。(編集委員(へんしゅういいん))

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2022年5月4日のニュース