【羽生結弦さん、語る(2)】充電経て体の使い方再発見「いかに我流で今までやってきたのか…」

[ 2026年3月7日 22:25 ]

<羽生結弦 notte stellata 2026>演技をする羽生結弦さん(撮影・小海途 良幹)
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 フィギュアスケート男子で五輪2連覇した仙台市出身の羽生結弦さん(31)が7日、宮城県利府町のセキスイハイムスーパーアリーナで東日本大震災15年に合わせたアイスショー「notte stellata」に出演した。羽生さんは休養を経て昨年7月以来となる公の場で再始動。初日公演後の一問一答は以下の通り。

 ――充電期間を経て久しぶりに人前で滑った。改めて新たな発見はあったか。
 「やっぱ体の動きをいろいろ勉強してきたんですけれども。いかに我流で今までやってきたのかっていうことを改めて発見しました。フィギュアスケートって本当に人気はある競技ではあるんですけれども、実際やっている人口が多いかと言われたら、そんなに多いスポーツではないですし。また科学的な根拠のある研究がたくさんあるかと言われたらそんなこともないです。そういった研究的には未開発なスポーツの中で、どれだけ根拠のない練習と根拠のない技術を身につけてきたっていうのを改めて実感しました。そういった上では、ちょっとずつですけれど、本当にそんな長い期間メンテナンスをできてたわけではないので、ほんのちょっとかもしれないですけれども、フィギュアスケーターとしてだけじゃなくて、スポーツに携わる人間、またダンスに携わる人間として、こういう体の使い方をしなきゃいけないっていう基礎のキぐらいはちょっと学んでこれたのかなっていう気はしています」

 ――震災から15年。震災を知らない世代も増えてきている中で、今後どう活動を続けていきたいか。
 「実際に今回コラボレーションさせていただいた東北ユースオーケストラの方の中でも震災後に生まれたよっていう方もいらっしゃるし。震災当時、まだ幼くて記憶がないよっていう子もきっといらっしゃって。そういった子たちが坂本龍一さんが募ったおかげで、ずっとずっときっと復興であったりとか、震災のこと考えて過ごしていると思うんですよね。そういったことと同じで、僕も当時16歳でしたけれども、やっぱりいろんなインタビューをしていただいたりとか、いろんな記事を書いていただいたりする中で、僕もやっぱり伝えるべき立場として頑張っていかなければいけないというか、使命があるんだと何かしら当時若いながらに使命が帯びたような気がしていたんですね。そして、今、いろんな各地の能登であったりとか、大船渡もそうでしたけれども。胆振であったりとか、熊本であったりとか。本当に東日本大震災だけじゃなくて、その後に起きた災害の地域にも行ったところ、やっぱりあれがあったから、防災の意識が変わって、守られた命もきっとあって、守られた生活もあって。そういったことが伝わっているからこそ、どんどんどんどん減災っていうものは続いていくんだなっていう風に思ってるんですよね。だからこそ、僕らも当時を知っている人間だからこそ、どんどん世代が若くなっていくし、生まれ変わってはいくし、新しい命も芽吹くけれども。そこにこんなことがあったんだよって、こんなことがあったから、こういうふうに守るっていうことを学んだんだよっていうのはずっと続けていきたいなと思います」

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