【羽生結弦さん、語る(1)】震災から15年「思いも、そして技術もちゃんと込めて」

[ 2026年3月7日 22:11 ]

<羽生結弦 notte stellata 2026>演技をする羽生結弦さん(撮影・小海途 良幹)
Photo By スポニチ

 フィギュアスケート男子で五輪2連覇した仙台市出身の羽生結弦さん(31)が7日、宮城県利府町のセキスイハイムスーパーアリーナで東日本大震災15年に合わせたアイスショー「notte stellata」に出演した。羽生さんは休養を経て昨年7月以来となる公の場で再始動。初日公演後の一問一答は以下の通り。

 ――久しぶりに皆さんの前で演技した。
 「凄い緊張しました。この緊張感というか、期待を凄く浴びながら、それに応えたいという気持ちがもの凄く強くあふれていたので。自分の手足が本当に震えるほど緊張はしたんですけれども、思いも、そして技術もちゃんと込めて滑れたかなとは思います」

 ――震災から15年が経った。その思いは。
 「15年経って、自分自身の悲しみや傷への向き合い方、付き合い方であったり、そういったことをちょっとずつ理解しながら前に進んできたつもりです。この15年という時があったからこそ、今、逆にその傷に向き合おうという気持ちも出てきたり。逆にあれがあったからこそ、今こうやって学んで生きているんだ、強く生きているんだ、ということを何か表現したいと思って『Happy End』は特に振り付けを自分でしてきました」

 ――被災地への思いは15年でどう変化したか。
 「正直大きく変わったなということは自分の中ではないです。15年はある意味、人間的に5の倍数は節目を感じやすい数字ではあるんですけれども。確かに福島であったり、宮城も岩手もそうですし。復興が進んだところは進んだし、コミュニティが復活しているところもあると思います。ただ、そのまま取り残されている地区だってありますし、復興してきたよっていう中にも、中身をのぞいてみたら全然復興していないというか。元に戻るわけではないので、そういった意味ではずっとずっと応援し続けたいな、という気持ちと、自分自身も被災した傷であったり、トラウマみたいなものもやっぱりずっとずっと抱え続けていくべきなんだなっていうことを理解して付き合えるようになったかなというふうには思ってます」

 ――そういった意味で「Happy End」に込めた思い、解釈はどういったものか。
 「めっちゃ苦しいっていう感じです。ひたすら。僕自身が持っているプログラムの1つで『天と地のレクイエム』という楽曲があるんですけど。それはどちらかというと、震災に直接気持ちを寄せて、あの当時の瓦礫の道であったりとか、空港の周りの車とか瓦礫がいっぱい積んであるような道を見渡しているような光景みたいなことを表現しながら、そこに1つの魂が…みたいな感じで思ってたんですけど。今回は自分自身の体が蝕まれていったりとか。もちろん坂本龍一さんの曲なので、この曲を書いた当初がずっと病に蝕まれていた頃だったとお聞きしていたこともあって、何か自分が震災という傷であったりとか。被災地、宮城県、仙台もそうですけど、ちょっとずつちょっとずつ復興は間違いなくしてるんですけど、ちょっとずつ残っている傷跡であったりとか。僕自身がアイスリンク仙台で滑る時に残っている壁の傷であったりとか。補修されているけれども見える傷みたいなものを少しずつ感じながら、それにまた蝕まれながら自分が苦しんでるけれども、最終的にはその傷も全部自分なんだって受け入れながら、演技が終わった後に次があるよって思えるようなプログラムにはしたつもりです」

続きを表示

この記事のフォト

「羽生結弦」特集記事

「テニス」特集記事

スポーツの2026年3月7日のニュース