【スノボ】21歳・小野光希が2度目の五輪で銅メダル!涙の北京から4年…文武両立、黒髪で就職活動も

[ 2026年2月13日 04:58 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪 第7日 スノーボード   女子ハーフパイプ決勝 ( 2026年2月12日    リビーニョ・スノーパーク )

<ミラノ・コルティナ五輪 スノーボード女子ハーフパイプ決勝>2回目、トリックを決める小野(撮影・小海途 良幹)
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 スノーボード女子ハーフパイプ決勝が行われ、2大会連続出場の小野光希(21=バートン)が85.00点で自身初となる銅メダルを獲得した。五輪初出場の清水さら(16=TOKIOインカラミ)が4位、工藤璃星(16=TOKIOインカラミ)が5位。22年北京大会銅メダリストの冨田せな(26=宇佐美SC)は9位だった。

 前日11日の予選は1回目で細かいミスが出て9位発進。2回目は修正して得点を伸ばしながらも11位にとどまり、最後から2人目を見届けるまでは通過が決まらない状況に涙をこぼした。それでも決勝では、1本目にスイッチバックサイド540などフルメークで2位につけ、2、3回目はフロントサイド1080をメークできなかったものの、メダルをつかみ取った。小野の銅メダルで日本選手団のミラノでのメダル総獲得数は10個目に。翌日に平野歩夢ら4選手が決勝に挑む男子ハーフパイプに良い形でバトンをつないだ。

 17歳で初出場した22年北京五輪は9位。あと一歩で入賞を逃し、直後は涙に暮れた。ただ、当時はまだW杯優勝経験もなく、とんとん拍子で上った舞台だった。翌シーズンはW杯初優勝から3連勝で種目別制覇を果たすと、23~24年シーズンも3勝を挙げて種目別で連覇を達成。順調にステップアップを遂げ、2度目の大舞台へと近づいた。

 3歳でスノーボードを始め、5歳の時に2歳年上の姉とともに、川崎市内にあった屋内練習施設に通うようになった。営業時間に目いっぱい練習できるよう、母・静恵さんは3食2人分の弁当を用意し、早朝に家を出て夜も更ける頃に帰宅する日々。周りのサポートを受けながら競技にのめり込み、10年バンクーバー五輪の時には「私、これに出たい」と宣言したという。

 22年4月に早大スポーツ科学部に入学。競技との文武両立は想像以上に過酷を極め、W杯などの大会期間中も予選と決勝の間の日は、レポート執筆やオンライン授業に追われたこともある。2度目の五輪後も競技を続けるため、昨春には一般学生と同じように就職活動にも励んだ。スノーボード界では逆に珍しい黒髪姿で企業訪問し、見事鉱業大手のINPEXの内定もつかんだ。

 今季はシーズン初戦の「ザ・スノーリーグ」で2位と上々の滑り出しも、W杯開幕戦で9位に終わると、第2戦は公式練習でヘルメットが割れるほどの激しい転倒をして棄権した。やるせなさ、怒り、恐怖心にさいなまれたが、年明け初戦の第4戦では見事2年ぶりに優勝。自信を取り戻して五輪に駒を進めていた。

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