【Sトラック】宮田将吾「金メダル持って帰る」 日本勢28年ぶりのメダルへ「エースとして臨みたい」

[ 2026年2月4日 05:15 ]

フォルツァ!日本

日本勢28年ぶりのメダルを目指す宮田
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 スピードスケート・ショートトラック代表の宮田将吾(23=日本通運)と中島未莉(みれい、22=トヨタ自動車)がスポニチ本紙の単独インタビューに応じた。日本勢にとってショートトラックの表彰台は1998年長野五輪を最後に遠ざかっており、28年ぶりのメダル獲得が懸かる今大会。個人戦、リレーともに命運を握る男女のエースが思いを口にした。(取材・構成 西海 康平)

 4年前より明らかに宮田の顔つきは鋭くなった。北京五輪の頃から体重は72キロから70キロに減り、筋肉量は2キロ増。徹底した肉体強化を図り表情も引き締まった。「周りの期待を背負う覚悟はできている。表彰台の一番上に立てるように。金メダルを持って帰ってこられるようにしたい」。言葉には力がこもった。

 6歳の時にいとこの和田拓実(阪南大)と一緒にショートトラックを始め、小学2年の頃から五輪を意識するようになった。憧れの存在が、阪南大の先輩で“浪速の弾丸”と称された西谷岳文。98年長野五輪男子500メートル金メダルの決勝レースはまだ生まれる前だったが、自宅のパソコンで何度も映像を見返した。「ニッポンの19歳、西谷が長野オリンピック5つ目の金メダル獲得ー!フィニッシュー!!」。実況のせりふを完璧に覚えるほど熱中した。

 小学生の頃は西谷の妻・晃子さんに、中学生になってからは西谷と同じく阪南大の杉尾憲一監督に指導を受ける。前回の北京五輪が初出場。日本勢最年少金メダルを懸けて臨んだが、甘くなかった。1000メートルで23位、1500メートルで27位、5000メートルリレーで8位。「記憶にないぐらい、良かった記憶がない。良くない意味で、何も覚えていない」。屈辱を味わった。

 22年4月からはプロ野球・阪神で15年間トレーナーを務めた権田康徳さんの下で肉体改造に着手。冒頭、伝えた思いがある。「4年後にリベンジしたい」――。下半身だけでなく背筋なども徹底的に強化。フィジカルを鍛え上げ、氷上のスピードや持久力に落とし込んできた。1周(111・12メートル)の最高速度は4年間で8・6秒から8・1秒に縮めた。

 今季はワールドツアー第2戦の1500メートルで2位。個人3種目の中では1500メートルを最も得意としており、5000メートルリレーや混合リレーでの活躍も求められる。「目標はもちろん金メダルだし、エースとして臨みたい」。脳裏に焼き付く28年前の歓喜を再現する。

 ◇宮田 将吾(みやた・しょうご)2003年(平15)1月27日生まれ、大阪府出身の23歳。6歳の時になみはやクラブで競技を始める。大商大高から阪南大に進み、現在は日本通運所属。今季は全日本距離別とワールドツアー日本代表選考会でともに3冠。1メートル73。趣味はゲーム。

 ▼五輪のショートトラック 1992年アルベールビル五輪から正式種目として採用され、1周111.12メートルのトラックを集団で滑り着順を決める。今大会は男女の500メートル、1000メートル、1500メートル、男子5000メートルリレー、女子3000メートルリレー、混合リレーの計9種目が実施され、試合会場はミラノ・アイススケートアリーナ。日本勢の過去のメダルはアルベールビル五輪の男子5000メートルリレーで銅、長野五輪の男子500メートルで西谷岳文が金、植松仁が銅を獲得している。

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