死去前日に自宅訪問…中嶋常幸「長くはないと覚悟していた」 数々の名勝負は宝物「感謝しかない」

[ 2025年12月25日 04:43 ]

尾崎将司さん死去

90年、優勝した中島常幸(右)を祝福する尾崎将司さん
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 「AON」として日本のゴルフ界をけん引し、ツアー通算48勝の中嶋常幸(71=静ヒルズCC)がスポニチ本紙の取材に応じた。23日夜に訃報に接し「俺がここまで頑張ってこられたのはジャンボのおかげ。それはもう間違いない。ジャンボに対しては、とにかく感謝しかない」と言葉を絞り出した。

 尾崎さんの状態が良くないことを伝え聞き、会えないことを覚悟の上で死去前日の22日に自宅を訪問していた。面会はかなわなかったが、長男の智春から「父は頑張っています」と伝えられ、尾崎さんへの感謝の言葉を託した。同時に「そんなに長くはないと覚悟していた」というが、悲報を受け、早朝まで眠ることができなかった。

 1973年の日本アマを当時最年少18歳で制し、75年に鳴り物入りでプロ転向した中嶋は、8学年上の尾崎さんと数々の名勝負を演じた。語り継がれるのが、88年と90年の日本オープン。88年大会は最終日の最終18番で尾崎さんは手がしびれるあまり2度仕切り直すも、1打差で中嶋と青木功を振り切って優勝。90年大会は中嶋が最終日に4打差を逆転し、尾崎さんの大会3連覇を阻んだ。襟足の長い髪形やタック入りのパンツという尾崎さん独特のスタイルと、眼鏡がトレードマークの中嶋。キャラクターの違いも、ライバル関係を際立たせた。

 青木、尾崎さん、中嶋。それぞれの名前の頭文字から3人は「AON」と呼ばれ、時代を象徴する存在となり、日本ゴルフ界の人気を高め、大きく前進させた。「一緒に戦った日々を思い出す。その一つ一つが宝物」と中嶋。その言葉の端々にライバルとして歩んだ歳月の重みがにじんだ。

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