ジャンボさん ゴルフ人気高めた功労者 私生活では苦労絶えず 経済的破綻も経験

[ 2025年12月25日 04:41 ]

尾崎将司さん死去

優勝プレートを手に笑顔でVサインをする尾崎将司さん(1987年撮影)
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 ジャンボ尾崎さんは豪快なスイング、攻撃的プレーでファンを魅了した。ゴルフ人気を高めた功労者。元野球選手で体格にも恵まれ、運動能力も高かった。デビュー2年目の71年日本プロで初優勝を飾ってから4年間で25勝と向かうところ敵なし。ジャンボ尾崎時代を築いた。

 最大の武器は飛距離。クラブの性能が高くなかった30年前でも300ヤード以上飛ばしていたと言われ、70歳になってからも約280ヤードを記録した。自身も飛距離を追求し、金属製ヘッドの1Wをいち早く取り入れた。

 海外では環境になじめず、73年マスターズで日本勢初のメジャー1桁順位となる8位に入ったものの、その後は実力を発揮し切れなかった。米ツアーや欧州ツアーで優勝した青木功と対照的に「内弁慶」の印象を残した。

 国内でも会場の多くが「飛ばし屋」に有利と言えない狭いコースだったこともあり、30代半ばでOBを連発するスランプに陥ったが、トレーニングで体を鍛え直し、40歳を超えて復活。88年から11年間で9度賞金王に輝き第2黄金期を築いた。

 パフォーマンスも人気を呼んだ。勝負どころでパットを決めた時などにコブラが鎌首をもたげるように見える独特のガッツポーズ「コブラポーズ」を披露。派手な柄のルーズフィットのシャツ、タックの入ったダボダボのパンツという独特のファッション、襟足を伸ばす髪形「ジャンボカット」でも観客を楽しませた。

 私生活では苦労もあった。68年に結婚したが、06年に協議離婚が成立した。ゴルフ場開発などへの投資に失敗。巨額の負債を抱え、05年に民事再生手続き申請で経済的に破綻した。自宅も抵当に入っており「習志野のホワイトハウス」と呼ばれた豪邸を手放し、練習場を備えた簡素な住居に引っ越した。光と影が交錯する、激動の人生だった。

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