高梨沙羅 忘れられない大歓声 単独取材で語った14歳の141メートルと五輪で追い求める原点超え

[ 2025年4月9日 05:00 ]

単独インタビュー 26年ミラノ・コルティナ冬季大会へ

<高梨沙羅インタビュー>意気込みを語った高梨(撮影・藤山 由理)
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 ノルディックスキー・ジャンプの高梨沙羅(28=クラレ)が8日までに本紙の単独取材に応じ、自身4度目の五輪となる26年ミラノ・コルティナ冬季大会への思いを語った。自身の競技の原点は、11年に北海道・大倉山ジャンプ競技場で女子の当時のバッケンレコード141メートルを記録した飛躍にある。その時の忘れられない一本を大舞台で追い求める。 (取材・構成 中村 文香)

 五輪プレシーズンは、高梨にとって苦しい1年だった。自身初めてW杯で表彰台に上がることができなかった。それでも悲観することなく、凜(りん)とした表情で受け止める。

 「思ったようなパフォーマンスができず、苦戦したシーズンだったと思います。ただ苦戦していたテレマーク(着地姿勢)の部分で後半につれて点数が出るようになったのは、少し光が見える部分ではあったかな」

 五輪まで1年を切った。17歳だった14年のソチ大会で初出場し、18年平昌大会では日本女子ジャンプ初のメダルとなる銅メダルを獲得した。22年北京大会を経て、自身4度目の大舞台が近づいている。4年間の集大成へ向け、現在地をどう捉えているのか。

 「う~ん、かなり難しい状況だなとは思っています。新たなルール変更もあると思うので、それにもよるけれど。ただ、きっかけをつかめば調子が上がる競技。小さなチャンスを見逃さないように、気を付けていきたい」

 365日、ジャンプのことを考えない日はない。オフに携帯を手に取ってSNSを見ていても、気が付くと他選手のアカウントに飛んでジャンプの映像を見ている。数秒の飛躍2本で全てが決まる競技。日常生活からきっかけを探す日々だ。

 「その感覚は飛んでいる時だけじゃなく、日常生活の中でもあるもの。体の使い方とかは気を付けているんです。例えば立っている時も直立しないように、(テレマーク姿勢の)できるだけ右脚を前にとか…」

 小学2年で競技を始め、男女通じてW杯歴代最多の63勝を挙げるなど、10代から世界の最前線で戦い続けてきた。そのモチベーションは、14年前の飛躍にある。当時14歳だった11年1月。大倉山ジャンプ競技場で141メートルの女子最長不倒を記録した時の、観客の悲鳴にも似た歓声が今も頭に残っている。

 「みんなに喜んでもらえるその感覚が忘れられなくていまだに続けている。私は結果を残してうれしいって思ったことはあまりなくて、周りの人たちが喜ぶ様子を見られるのが幸せと思うんです。応援してくださる方々のおかげで続けてこられて、それを返せるのがオリンピック。3位以内に入らないと見ていただく機会はなくなってしまう。しっかりと表彰台に乗れるように、自分のできる限りのことを尽くしたい」

 いまだに忘れられない一本の記憶を書き換える、そんな飛躍をイタリアの地で見せる。

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