高木菜那が引退会見 妹・美帆に感謝「妹がいたからこそ世界で戦えた」

[ 2022年4月6日 05:30 ]

花束を手に笑顔の高木菜那(撮影・小海途 良幹)
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 スピードスケート女子の高木菜那(29)が5日、都内で会見して現役引退を表明した。14年ソチ五輪から3大会連続で五輪に出場し、18年平昌五輪で団体追い抜きとマススタートで金メダルを獲得。五輪の同一大会で日本女子初の2冠を達成した輝かしいキャリアを終えた。五輪通算7個のメダルを獲得している妹・美帆(27=日体大職)もこの日、都内の日本記者クラブで会見し、現役続行を表明。ライバル関係に終止符を打った姉妹は、お互いへの感謝の意を示した。

 スケート人生は妹なくしては語れない。引退会見で菜那は「妹がいたからこそ世界で戦えた。妹が妹で良かったと心から思う」と妹・美帆への感謝を口にした。スーパー中学生として注目を浴び、15歳で10年バンクーバー五輪に出場した妹と比較され続けた競技生活。長く苦しんできたが、集大成と位置付けた北京五輪シーズンは「(妹の存在を)一番気にしているのは自分」と認めて、複雑な感情を乗り越えた。「高木美帆の姉ではなく高木菜那として戦えたことが引退を決意した一つの理由」。心は晴れやかだった。

 2人は団体追い抜きのチームメートとして18年平昌五輪で金メダル。20年2月に樹立した世界記録は今も破られていない。2人の五輪メダル数の合計は10個に上る。個人種目での金メダルは、ともに1個ずつ。18年平昌五輪マススタートで菜那が先に頂点に立っており「あれは私が頑張ってきたことへの神様のプレゼントだと思う」と振り返った。

 最後のレースは3月12日、オランダで開催されたW杯最終戦の女子1500メートル。5位で表彰台には立てなかったが、上々のタイムで滑った。レース後に強く引退を示唆したが、帰国後は「五輪やスケート人生に未練がないわけではない。引退か現役続行か悩んだ」と言う。最後は「第二の人生を考えた時に凄くワクワクした」と引退を決断。隔離期間中に妹に電話で「やっぱりやめるわ」と伝えると「いいんじゃない」と尊重された。

 会見では退任が決まったナショナルチームのヨハン・デビット・コーチに言及した際に涙した。妹の話題には笑顔で応じていただけに、美帆から「どうなのよ」と突っ込まれた。同じ中距離を本命種目とするライバル関係だったが、リンクを離れれば2人でカフェや旅行に出掛ける仲の良い姉妹。今後もお互いがなくてはならない存在であることに変わりはない。

 【2人のこれまで】
 ★生まれ 姉妹ともに北海道幕別町出身。菜那は92年7月2日に生まれ、兄の影響で小学校1年生の時にスピードスケートを開始。美帆は94年5月22日に生まれ、5歳から競技を始める。

 ★10年バンクーバー五輪 美帆が日本スピードスケート史上最年少の15歳で出場。1000メートルは完走者で最下位の35位。1500メートルは23位だった。出場できなかった菜那は実家に送られてきた美帆の代表ジャージーを見て「燃やそうかと思った」。

 ★14年ソチ五輪 菜那が初出場し、1500メートルで32位、団体追い抜きは4位。美帆は出場権を逃した。

 ★18年平昌五輪 初めて姉妹そろって五輪に出場。菜那はマススタート、団体追い抜きで金。五輪の日本女子史上初の2冠を達成した。美帆は1000メートルで銅、1500メートルで銀、団体追い抜きで金と3個のメダルを獲得。

 ★22年北京五輪 美帆が500、1500メートル、団体追い抜きで銀、1000メートルで金と4個のメダルを獲得した。菜那は1500メートル8位入賞。連覇を狙った2種目はともに転倒し、団体追い抜きは銀、マススタートは1回戦で敗退した。

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