1通のメールが変えた運命…幼なじみが明かすリーチ・マイケルの来日秘話

[ 2019年5月8日 09:00 ]

日本代表のリーチ・マイケル主将
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 ラグビー日本代表の大黒柱、リーチ・マイケル(30=東芝)の運命は、1通のメールで変わった。ニュージーランドにいた15歳の春。海を渡った友人から「日本に留学しないか」という誘いを受けた。

 送り主の神戸製鋼SOイーリ・ニコラス(30)は、達者な日本語で15年前を振り返った。

 「その当時だからLINEもなくて、連絡はもちろんEメールですよ」

 イーリの母は日本人。ニュージーランド人の父が留学事業を手がけていたこともあって、北海道の札幌山の手に高1から入学した。来日直後、学校側から「留学生をもう1人受け入れたい」と打診を受けて母国の親友にメールを打った。

 「マイケルからは、すぐに“行く”って返信が来ました。返事が来た1カ月後には、札幌にいました」

 もし留学生の追加の話がなければ、リーチが後に日本国籍を取ることも、15年W杯で日本代表主将を務めることもなかったかもしれない。

 88年生まれの2人は小学生からチームメイト。互いの家を行き来した。「マイケルは、僕の母が作ったお寿司も食べていました」。体を張り、起き上がってすぐに次のプレーに向かう献身的な姿勢が、小学生の頃から有名だったという。

 特待生でリーチを迎え入れた札幌山の手高・佐藤幹夫監督(57)は、高い意識にも驚かされた。「居残り練習が大好きで、タイヤ引きをよくしていた。暗くなっても帰らないものだから、下宿先の主人がいつも迎えに来てたよ」。芝の上でプレーする母国と違い、土のグラウンド。顔をゆがめながら、体を張るスタイルを貫いた。「ビフテキ」と呼ばれる足の擦り傷は、卒業まで絶えなかったそうだ。

 東海大から東芝へ。日本代表キャップ59を誇る。強く、堅実な突破と高い守備力で、ワールドクラスのFWになった。イーリは成功の理由を、幼なじみらしい視点で推測した。

 「マイケルは裕福な家庭の育ちではない。大工のお父さんが自分で建てた家に、家族で住んでいた。ハードワークをしなければ、何も達成できないということを、その父から教えられていた。だから、小さい頃から妥協を許さない性格だった」

 19年もリーダーとしてジャパンを引っ張るリーチの好きな言葉は「神に誓うな 己に誓え」。それを地で行くラガーマンだから、信頼が厚い。(倉世古 洋平)

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