色あせない野口の功績 1%の才能と99%の努力が生んだ日本新記録

[ 2016年4月22日 08:00 ]

野口(左)の最大の特徴は「スライド」走法

 女子マラソンの野口みずきが先日、正式に引退を表明した。04年のアテネ五輪で金メダルを獲得し、翌05年にはベルリンで2時間19分12秒の日本新記録を樹立。08年の北京五輪は故障で欠場を余儀なくされたが、マラソン界に残した彼女の功績は全く色あせることはない。「自分が納得するまで走れた。今はすがすがしい気持ち」という引退会見での言葉は心の底から出たものだろう。

 あらためて、いったい野口は何が凄かったのかを検証してみたい。野口の走法の最大の特徴は「ストライド」走法だ。身長に比べて足の短い日本選手は昔から歩幅を狭くしてその分足の運びを速くする「ピッチ」走法が主流だった。だが、ベルリンで日本記録を出した時の野口の歩幅は148センチにも達していた。身長は150センチ。自分の身長よりわずか2センチ短いだけの歩幅で42・195キロを走ることがいかに大変か、陸上の経験のない人でもちょっと走ってみればすぐに分かるだろう。

 大きな歩幅のほうが距離を稼げるのは当たり前で、「ピッチ」よりスピードも速い。だが、跳びはねるように走る「ストライド」は回転数の速い「ピッチ」に比べて地面に接地する際の衝撃がはるかに大きく、マラソンのように2時間以上にわたって身長と同じ歩幅を保ち続けるためには強じんな脚力が要求される。そのため野口は当時のマラソン選手には珍しい筋力トレーニングを取り入れた。特に大臀(でん)筋、大腿四頭筋、ハムストリングなどの脚筋力を強化するスクワットに力を入れ、体重より20キロ以上重い65キロも軽々持ち上げられるようになった。さらにベルリンの前には月平均1300キロという猛烈な走り込みを行い、身長と同じ歩幅で42・195キロを走り続けることができる体を作り上げた。1%の才能と99%の努力。彼女ほどこの言葉が当てはまる選手は他にいない。

 野口が05年に作った日本記録は11年たった今でも破られていない。近年、エチオピアやケニアなど身体能力に恵まれたアフリカ勢の台頭で「もう日本は永久に勝てない」という悲観的な声をよく耳にするが、全盛期の野口みずきや高橋尚子なら、今のアフリカ勢でも互角以上に戦えるはずだ。長年、マラソンを取材してきた1人としてそれは断言できる。男子はともかく、女子に関してはアフリカ勢が圧倒的に強いのではなく、勝手に日本のレベルが下がったということなのだ。野口のように頭を使い、極限まで体を鍛え上げる努力をどれほど自分がしているのか、明日の日本マラソン界を背負う若手選手にはぜひもう一度考えてほしいと切に願っている。(藤山 健二)

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2016年4月22日のニュース