逸ノ城 怒とうの大関連破!100年ぶり新入幕優勝いける

[ 2014年9月26日 05:30 ]

稀勢の里に続き、新大関・豪栄道(左)を上手投げで破る逸ノ城

大相撲秋場所12日目

(9月25日 東京・両国国技館)
 新入幕の逸ノ城が新大関・豪栄道を上手投げで破り、2日連続の大関撃破で上位陣に通用する地力を見せつけた。1敗を守り、13日目は2敗の横綱・鶴竜に挑む。31回目の優勝を狙う横綱・白鵬は稀勢の里を寄り倒し、12戦全勝で単独トップを守った。
【12日目取組結果】

 ざんばら髪の逸ノ城が細い目を糸のようにして喜んだ。豪栄道を圧倒し、連日の大関撃破で喝采を浴びながら引き揚げた支度部屋。「うれしい。前に出て勝ったんで良かった。今場所で一番いい相撲」。稀勢の里を破った11日目は変化でつかんだ勝利だけに表情を曇らせる瞬間もあった。この日は満面の笑みで、声のトーンがまるで違った。

 右四つで受け止め、一度はもろ差しに。豪栄道の右巻き替えに合わせて一気に寄せた。基本に忠実な攻めで土俵際に追い込み、最後は左上手で投げ捨てた。真っ向勝負で文句なしの内容。土俵下で審判として見届けた師匠の湊親方(元幕内・湊富士)は「びっくりしてます。まわしを取られたらどうかと思ったけど、大関戦という感覚じゃなかった。寝て、起きたら強くなっている。恐ろしい」と目を丸くした。

 13日目は横綱・鶴竜に挑戦する。新入幕での横綱戦は07年秋場所の豪栄道以来7年ぶり。本人は「無理だと思います。だって横綱ですよ。1~2秒で負けたくない。長く相撲を取れるように」と謙遜した。場所前に出稽古先で7戦全敗した苦い記憶がある。だが、北の湖理事長(元横綱)は「大関に連勝なんて、なかなかできない。力をつけている。(逸ノ城が)まわしを取れれば通用する」と好勝負の見立て。2大関に続き、横綱をも撃破して1敗を守れば、第1次世界大戦が勃発した1914年夏場所の両国勇治郎以来100年ぶりの新入幕優勝も現実味を帯びてくる。

 全勝で優勝争い首位の白鵬との対戦可能性について、朝日山審判長(元大関・大受)は「まだ何とも言えない」と、26日に審判部で協議する。優勝30回の第一人者と新入幕との対戦が実現するかは微妙。だが、逸ノ城が異例の対応を強いる“怪物”であることを証明した。

 ▽両国勇治郎 1892年3月18日に秋田県大仙市で生まれ、1909年夏場所で初土俵を踏む。100年前の1914年(大3)夏場所に新入幕を果たすと東前頭14枚目で9勝1休の成績を挙げて優勝。その翌場所には勇治郎から梶之助に名を改め、翌年夏場所には関脇に昇進した。だが、やぐら投げなど大技にこだわり過ぎて格下への取りこぼしが多く、大成できないまま1924年春場所を全休して引退。最高位は関脇。美男でも知られ、女流作家の田村俊子にほれ込まれたことでも有名。

 ◆逸ノ城 駿(いちのじょう・たかし)本名アルタンホヤグ・イチンノロブ。1993年4月7日、モンゴル・アルハンガイ出身の21歳。モンゴル相撲と柔道の経験があり、10年に鳥取城北高へ相撲留学。卒業後、同高コーチを務めながら13年に全日本実業団選手権の個人で優勝。今年初場所に幕下15枚目格付け出しで初土俵。夏場所で十両優勝。得意は右四つ、寄り。1メートル92、199キロ。家族は両親と妹、弟。

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