誰からも愛された名大関…豪快なイメージも実は繊細

[ 2011年7月20日 06:00 ]

取り組みを終えて宿舎に戻り、友綱親方との会談を終えた魁皇

魁皇引退

 気は優しくて力持ち――。古き良き力士のイメージ像そのままの魁皇の人柄は、ファンだけでなく、角界関係者の誰からも愛される存在だった。

 ライバルで親友でもあった藤島親方(元大関・武双山)は引退を決断した魁皇から電話で「武双山がいたから、俺も頑張れたよ」と告げられた。同親方は「相手を気遣う気持ちが魁皇らしい。特別な存在だから寂しくなる」と漏らした。同じ九州出身で幕内で54度も対戦した佐ノ山親方(元大関・千代大海)は、この日の魁皇の一番を見て「最後だな」と直感。「本当に立派だった。今後は親方同士で協力し合いたい」と第二の人生で手を取り合うことを誓った。

 若いころは片手でリンゴを握りつぶし、100キロまで測れる握力計の針は振り切れた。全盛期は験直しで酒を朝まで浴びるように飲んだ。一見「豪快」な性格に見えるが、中学の卒業文集で自らの性格を「無口」と書き、十両に上がるまで他の力士とほとんど会話ができなかった。優しくて繊細な性格。大関以下では最多の優勝5回を誇るが、綱獲りは持病の腰痛と重圧への弱さでことごとく失敗した。

 入門当時から魁皇を見ている部屋関係者は「大関は周りに“この人をサポートしたい”と思わせる力がある。わがままで繊細な面もあるけど、みんなが大関のことを助けるんです」と話す。9年前の秋、師匠の友綱親方(元関脇・魁輝)の次男、秀昭さんが20歳の若さで病死した際には、悲しみをこらえて指導する師匠に「今はあの子のそばにいてあげてください」と声をかけた。口下手だが人を思いやる気持ちが強いから、信頼も厚い。その人間性こそが魁皇の力士人生を支えていた。

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2011年7月20日のニュース