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W杯メンバー入り目指す守田英正の原点 公立中の部活からはい上がった叩き上げのサッカー人生

[ 2026年5月11日 05:00 ]

小学生時代に一緒にプレーする甲田さん(左)と守田(甲田聡史さん提供)
Photo By 提供写真

 15日に行われるサッカーW杯北中米大会(6月11日開幕)の日本代表メンバー発表に向け、スポルティング(ポルトガル)のMF守田英正(31)が注目を集めている。コンディションの問題もあって昨年3月を最後に代表招集から遠ざかっているが、今季の欧州チャンピオンズリーグで8強入りに貢献するなど復調。代表復帰を待望する声も上がる中で“部活”からトップレベルに上り詰めた職人ボランチの原点に迫った。

 幼稚園から中学校までチームメートだった甲田聡史さん(30)は覚えていることがある。

 「幼稚園の試合でヒデ(守田)がボールを見ながらドリブルをしていて、どっちが自分のゴールが分からなくなって。明らかに自分たちのゴールに向かっていたので周りは“ヤバい、ヤバい”ってなったんですけど、そのまま自分でシュートして思いっきり(オウン)ゴールしたんです」

 周囲が見えなくなった幼稚園児らしいほほえましいエピソードだが、守田園児はただでは終わらない。「ごめん」と仲間に謝ると、プレー再開のキックオフから再びドリブルを開始。今度はしっかり敵陣にボールを持ち込み、すぐに正真正銘のゴールを決め返したという。

 「ヒデは幼稚園の頃からうまかった。ボールの扱いとかセンスを感じるというか。“負けたくない”と思いつつ“うまいな”とずっと思っていました。仲間でサッカーが一番好きだったと思います。疲れ知らずというか休憩でみんながベンチに座っている時も、ずっと1人でボールを蹴っていて…。サッカー小僧でしたね。完全に」

 競技に対する情熱に関しては守田の兄・和正さん(36)も「誰よりもサッカーのことを考えて生きているんやろな、とは思いますね」と同様の認識を示す。

 高槻北高(大阪)の保健体育教員としてサッカー部を指導。自身も大学、社会人で競技歴があるが「自分より上手な人はいっぱいいたけど、サッカー好きで言うと弟は断トツで一番」と指摘する。現在も頻繁に連絡を取り合うといい「電話でサッカーの話題になって、お互いスイッチが入って話し出すと一生止まらない」と明かす。

 そんな守田がボールを蹴り始めたのは2歳の頃。5歳年上でサッカーを始めた和正さんの練習相手に指名され、自然と巧みなボールさばきを身に付けた。

 「体が大きい相手に対し、どうやったらボールを奪われへんか。体が当たれへんようにするにはどうすればいいか。小さいながらに考えてやっていたんやろうなと思います。負けたら泣く。勝つまでやるっていう負けず嫌いの性格やから」と和正さん。「小学校の時点で僕よりうまかったですから」と続けた。

 高槻九中(大阪)では1年時から頭角を表した。当時、指導した隠岐尚武さん(65=昇陽中教諭)は「特に大きくもなく、スピードも目立つものもない。ただ、基礎スキルが非常に身に付いていて状況判断は優れていた」と懐かしむ。3年時には「かなり早い段階で決めていた」と主将に指名。「素直に人の話が聞けるのは主将として必要な資質の一つ。アドバイスを自分のものにしようという真摯な姿勢が整っていた。そういう姿勢がないとやっぱり伸びるものも伸びない」。粒ぞろいだったチームは守田を軸に全国大会3位と躍進。のちの日本代表にとっては育成年代での輝かしい実績となったが、ショックも味わった。

 中盤でコンビを組んだ副主将の甲田さんがセレッソ大阪U―18からスカウトされた一方で守田に声がかかることはなく、自ら受けたJクラブのセレクションも小学6年時に続いて落選した。光るものはあったが、金光大阪高でも府大会上位止まり。卒業後の進路に関東の強豪・流通経大を選んだが、和正さんは「僕は大反対でした」と振り返る。

 当時の守田を「危機感みたいなものが全くない。自分自身の進路や人生について真剣に考えられていない」と回想。「4年間、太鼓叩いてスタンドで応援して終わりや」と諭したが「プロになってくるわ」と出ていった。

 それでも守田は1~2年で体を鍛え上げて3年から定位置を奪取した。関東大学選抜の一員としてプロのスカウトも注目するデンソーカップで優勝してMVPに選ばれ、4年時にもインカレ制覇でMVP。ガンバ大阪と川崎フロンターレから勧誘され「練習参加して自分が一番下手やった。ここなら絶対に成長できる」と川崎Fを選んだ。2018年から黄金時代を迎えていたチームで「止めて蹴る」の基礎技術と戦術眼をあらためて磨き上げ、日本代表入りから海外移籍につながる飛躍の礎を築いた。

 隠岐さんは「Jリーガーを育てることを目標にしていたが、まさか日本代表にまで上り詰めるとは。想像をはるかに超える活躍」と教え子の成長に感慨深げ。ここ1年は日本代表から遠ざかるが、SNSでは「代表に不可欠」「待ってます」と復帰を望むファンの声が並ぶ。守田自身も2大会連続のW杯出場を諦めてはいない。3月の英国遠征でメンバー入りを見送られると、自身のインスタグラムで「全て自分次第。俺はやるよ」と発信。4月15日に行われたアーセナルとの欧州チャンピオンズリーグ準々決勝第2戦後には「後悔のないように、やるべきことをやるだけ」と逆転でのメンバー入りに意欲をにじませた。

 流通経大での活躍に川崎F加入、日本代表入りから海外挑戦、名門スポルティング移籍に2022年W杯カタール大会出場…。和正さんは「僕の予想は何度も外れている。そもそも流経で試合に出られないと思っていたんで。節目節目で“まさかこうなるとは”ということが結構ある」と思い返す。決してエリートコースを歩んできたわけではない叩き上げのサッカー人生。一番近くで見守ってきた兄は「コンディションさえ、きちっと保てれば、日本の力になれる選手。ケガなく選ばれてほしいし、また(W杯で)プレーしているところが見たい」とその時を待っている。

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